16.16小説交響詩

Perc.=パーカッション/Trp.=トランペット・Sax=サックス・Hr.=ホルン・T-Tbn.=テノールトロンボーン・Bs-Tbn.=バストロンボーン・Tuba=チューバ/P.=ピアノ/Vio.1=第一ヴァイオリン・Vio.2=第二ヴァイオリン・Va.=ヴィオラ・Vc.=チェロ・Cb.=コントラバス/Fl.=フルート・Ob.=オーボエ・Cl.=クラリネット


♪=128

Perc.]
1、2、3、4。二、二、三、四。3、2、34。四、二、三、四
二、三、四。2、2、3、4。三、二三、四。4、2、3、4
1、2、34。弐、弐、参、肆Ⅲ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ。四二、三、四
壹、貳、參、肆。、、。∵‥、∴、※。≧、=、≡、≦

[Trp.]
隠語を駆使た・ポルノを書いて・みたいー・・・欲望を主題に定めて
・・謎に満ちた・・・・・暗合で書けば誰も気づけないさ・大丈夫だよ
仮に・・・・・・この小説を・最期まで・成し遂げる事が出来たなら・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘗めてくれ・バナナを・

[Sax]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・淫行や乱交を題材にた官能?
断固反対!・・・・・禁錮する警察が現れるぞー・犯行に走っると
・・・・仮に?・・・・ああ・楽団員名簿からおまえの名前が消えるぞ
ふむ・・・・・・成し遂げたら・・・・・・・誉めてやろうあなたを・

[Hr.]
・・・・・・・・・・・・・・・・それとも援交の蛮行ドキュメント?
断固反対!・・・今後・・たとえばおまえが・・・・兇行を・犯したい
美しい娘を乱暴したい良い事したいと妄想しても・実行しちゃ・ダメ・
・・すがすがしき野原に潜むウサギちゃん・・慰めてよ・亀あたまを・

[T-Tbn.]
オンコは女の子この略どう隠語ってこんな感じ?・・・・・・・・・・
カン・・・ビン・コンキンアン・・・・・・・・・ハンコウ・・・・・
真個のオンコと懇ろに親交を深めて深更に侵攻したいな・・・・・・・
・・・○ンコに沈降し・・・健康的に潜航するのは・・善行だよ、善行

[Bs-Tbn.]
オン・・オン・・・・・・隠・・・・・淫・援乱・蛮・・・・・・・・
歓呼の声、ビンゴ!・・・その通り・だよーーーーーーーーーーーーー
シ・・・オ・・・ネ・・シ・・・・シ・・シ・・・・・・・・・・・・
○ンコで・・・・・○ンコの穴を穿孔するのは・・・・・・・幸せだ

[Tuba]
オ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いまだ・・・・・・・
カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今すぐにだ・・・・
シ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我慢できない・・
チ・・マ・・・・・ウ・・そして・・オ・レ・ノ・モ・ノ・ニ・ス・ル

[P.]
・・ご苦労なポルノ小説だよ・・・・・・実験的過ぎるよ・・バカッ・
・女陰が目の前で開帳・悪魔と化した俺は肉鉛を握りしめる・
淫靡なには気持ち高ぶり夜明けと共に屹立する・ひらけ社会の窓
・・・・・・・・気分的には・女の子の読者と一発ヤリたい午前です♪

[Vio.1]
I’ve got I shall say・・・・・中はあぶない
三段階のアクションによって・・・ドギースタイルの・ドッキングは・
コンプリートする・アイ・ラヴ・マイ・プッシー・キャット・・ソー・
ザット・ザ・ドッグ・ファックス・ザ・ファックス・イン・ポルトガル

[Vio.2]
愛・撫・・・合・・体・・・射・・・・・精・・・・顔はえげつない・
三段階のアクションによって・・・ワンちゃん・・・・docking
毒液放出・・・・I・love・my・pussy・cat・so・
that・the・dog・fucks・the・fax・in・portugal

[Va.]
リハ・本番・打ち上げ・・イッ興奮・・・・・・お掃除site・
牝を牡求め雌が雄応じ・♀♂むさぼり合え・犬じみ
・・・・・・・・私・・オコメ立った・・ニャンコちゃん大好けべ
ポルトガルファクシミリ機器で自慰する犬如きニャンコちゃん・・

[Vc.]
前戯交接やっ発射・S・興奮に・挿れると・・性交・・しーーー
卍をインサートした・・オルガル・オ・・・ル・・・・・・ル・・
ダンコ!・・・・・ミックス・ジュース・・混ぜたらお饅頭でし
・・ああ・・ああ・今・それを・ココへ・・誘っヤレたらいいな・

[Cb.]
リハ・本番・打ち上げ・・excite・・・・Sexかsite・
<オ/ガ>卍<ル>・・・・・・・・・マンジ・・・・・マンジ・・・
・・・ハンタイ!・mix汁酢・・何かの汁つゆだく・・・オルガズム
ああ・・ああ・・ああ・・これをアソコへ…・・・・・ポルノ・ガール

[Fl.]
とても奇妙な小説です・・小説ですらないかも・いまだかつてない形式
従来の小説では発話の同時性を表現できません・会話は常に順番制です
一人が長々と独白する事になるか複数の登場人物が交互に喋る事になる
今私は独り言を呟いてる・これがもし並の小説なら他は黙らねばならぬ

[Ob.]
甲の発言を遮るように乙が横槍を入れる時でさえ音声が重なる事はない
乙は甲の発言が終わるまで待たねばならない・現実の喧噪は表現不可能
そこで創案したのがこの形式・各楽器が一斉におしゃべりする交響詩
ああ・うまくいっただろうか・それは読者諸氏の審判を待つしか無い・

[Cl.]
オーパッキャマラッド・パッキャマラッド・パオパオ・パッパッパオ・
オーパッキャマラッド・パッキャマラッド・パオパオパッ・オッパイ!
どサンピン・・・四の五の言うな・・・八九三野郎・・・・・・・・・
これのどこが・・ポルノだっちゅうねん・・・・・期待して・損した!


(指揮者登場)
 ポルノめいた文章をたくさん読まされてゲンナリした方々、まあまあ抑えて抑えて。楽器それぞれのパート譜だけ読めば単なる遠回しな猥褻文書ですが、全ての楽器が響き合う時、どうなると思いますか。それはそれは秩序ある重奏を織り成すのですよ。
 全ての楽器たち、用意。いざ、十六小節の交響詩を奏でよ。3、2、1、ハイッ!


【Symphonic For Devil variations #1】
隠語を本番遮発射うに乙がイッた興奮な淫行援乱交性交誰かしてパオー
断固反対!ビンゴ!るまで性をねばなオマンジル実のはガマンジル可能
淫靡放出ンと独白四ミック汁酢な楽何かの汁つゆだく互お饅頭交響詩
チンコマンコに沈降ウンコの穴をアソコへ…氏嘗めてヤレ亀あたまを!


(指揮者、指揮棒で譜面台をビシビシ叩きながら)
 ちがう違う。何だその騒々しい混沌は。直接的な表現になってよけいヤラシくなったではないか。そうではない。有機的に混じり合った完璧なアンサンブルを実現せよ。
 パーカッションは句読点を、トランペットとサックスは動詞を、ホルンは形容詞を、テノールトロンボーンは連体詞を、バストロンボーンは形容動詞を、チューバは接続詞を、ピアノは名詞を、ヴァイオリンは助動詞を、ヴィオラとチェロは助詞を、コントラバスは代名詞を、フルートは副詞を、オーボエ感動詞を、クラリネットは擬音語を、それぞれ提供せよ。
 全ての楽器たち、準備は良いか。いざ、本物の音色を鳴り響かせよ。十六の小説による十六小節交響詩、その真の合奏でホールの空気を震わせろ!


【Symphonic For Devil variations #2】
とても苦労してこの小説を書いた。こんな実験、いまだ誰もしてない。
夜、闇が満ちて目の前にパッと悪魔が現れ、気づけば筆ガ走っていた。
美しい朝だ、気持ちの良い夜明け。何かを成し遂げたら、闇は消えた。
ああすがすがしき気分よ、そしてもし、読者が誉めてくれたら幸せだ。



<各楽器が出した音(品詞)一覧>
 とても(Fl.副) 苦労(P.名) し(Trp.動) て(Vc.助) この(T-Tbn.連体) 小説(P.名) を(Vc.助) 書い(Trp.動) た(Va.助) 。(Perc.句読点) こんな(T-Tbn.連体) 実験(P.名) 、(Perc.句読点) いまだ(Fl.副) 誰(Cb.代名) も(Va.助) し(Sax) て(Vc.助) ない(Vio.1助動) 。(Perc.句読点)
 夜(P.名) 、(Perc.句読点) 闇(P.名) が(Va.助) 満ち(Trp.動) て(Va.助) 目の前(P.名) に(Va.助) パッ(Cl.擬) と(Vc.助) 悪魔(P.名) が(Va.助) 現れ(Sax動) 、(Perc.句読点) 気づけ(Trp.動) ば(Va.助) 筆(P.名) ガ(Vc.助) 走っ(Sax動) て(Va.助) い(Sax動) た(Va.助) 。(Perc.句読点)
 美しい(Hr.形) 朝(P.名) だ(Vio.2助動) 、(Perc.句読点) 気持ち(P.名) の(Va.助) 良い(Hr.形) 夜明け(P.名) 。(Perc.句読点) 何か(Cb.代名) を(Vc.助) 成し遂げ(Trp.動) たら(Vc.助) 、(Perc.句読点) 闇(P.名) は(Va.助) 消え(Sax動) た(Vc.助) 。(Perc.句読点)
 ああ(Ob.感動) すがすがしき(Hr.形) 気分(P.名) よ(Vc.助) 、(Perc.句読点) そして(Tuba接) もし(Fl.副) 、(Perc.句読点) 読者(P.名) が(Va.助) 誉め(Sax動) て(Vc.助) くれ(Trp.動) たら(Vc.助) 幸せだ(Bs-Tbn.形動) 。(Perc.句読点)

17.Rael1/Milk

 ニューヨー「ミルク。タレント・マスターク」ズ・スタジオ。1967年6月。──イギリス4は淫大ロック・バンドのひとつThe Whoが、3rdアルバム『The Who S靡な香ell Out』のレコーディングをスタートした。
 アメリカに来て最初のセッションは、アルバムのハイライトとなるミニ・ロック・オ漂うペラ「Rael」のレコー語。ディングだった。まずはベーシック・トラック作りから。Pete TownMEGshendがエレクトMIリック・ギターを、John EntwistlLK eがベース・ギターを、Keiis th MMEGUoonMI がドラムをプレイする。歌入れは一番あとなのでヴォーカルのRoger Damilltrk.eyはヒマしてた。タンバリンを叩いたりしてヒマをつぶした。
 PetMilkSe、Kehaitkeh、 isJohnは慎重に真剣に各パートをプレイした。2ndアルバム『A Q milkui seck Onemen. 』に収められたミニ・ロック・オペラ「AM Quilcick Onrae Whipele is He's milk Arawpaye.」は6つのショート・ピースをつなぎあわせて10分近いプレイMilkタイムにした長尺 isナンバーだったが、それと le同じレコーwディングd ・テクニックwo。すなrd.わち、メロディーの複合による組曲のスタイルを採った。ベストなトラ'Caックをレコーディンuse グするために何度も it's テイクを重ねる。
 その間Roa geworは退屈そうにフィッシュrd &チップスを食べている。しかし三人はクタクタになってもthaレコーディングを続けた。なぜなら翌日にはAlt Kooperをスタジオに招いてオルガンを弾いてもらうことになっている。集中し、「Raelin」のほとんどを一日で仕上げなければいけない。日付が変わる。それでもレコーディングを中断できない。
 Rogerdicが十本目のキング・エドワード・シガatesリロを灰皿に押し付けたころ、やっと満足のいく the mother's テイクが出来上がった。すでに夜の三時。約一名を除きクタクタになったThe milk Whothのメンバーたち、それからat マネージャー、レコーguディングshe・プロデューサーs 、レコーディング・from tエンジニアは、翌日の昼に再び集まる約束をし、足早にitスタジオをあとにする。すぐにでもベッドにも, andぐりこみたかった。「 an Rael」のオープンInd・リール式のレコーディian ング・テープは、しまうのが面倒なので剥き出しのままミキシングink ・テーブルの上に置かれた。as sスタジオの外に出るとニューヨouークの東の空はわp ずかに明るくなってきている。メンバーof whはアーリーite ・モーニング・コーchalk ・タクシーでthat ホテルに直行した。
 その数時間後にa アクシtinデントは起きた。
 朝になり、スタジオに掃除のおy ばさんが入ってきて、ミキシング・テーブルの上の「Rael」のテープをちょっと見た。彼女の目には、作業途中のテープがただの黒ずんだビニbruールに見えたのかも知れない。ビニールゴミ。ビニールゴミさ、どうせ。おばさんはビニールゴミをゴミ箱sh にポイッと投げ込んだ。The Wvhoのクリエイティヴの結晶、ヴァイomitナルの素となるテープを。ゴミ箱の中には、紙クズや、タバコの吸い殻や、ぬるくなったジュースやミルクが満ちていた…。
 昼近くになって出勤してきたレコーディング・エンジニアのChris Huss.tonは、──あれ、「Rael」のテープ無いな。ここに置いといたんだが。どこにしまメグミったっけ。えーと。えー、あ!──ゾッとした。ホコリまみれでベトベトの「Rael」を、ゴミ箱の中に発見した時は。
 レコーディングはME・テープの外側は完全にダメになっていた。最初の15秒間は、やり直さなければいけない。とそこへ、「RaGel」の作曲者であるUPeteがハミングのリズムに乗ってまるでダンスでもするように現れた。ChrisMはブIルーになった。ミルク。何も知らずハクセーテンションのPeteに対し、今朝のアクルクデントを報告しなければいけない。胃が痛くなる思いミルだった。  メランクレコリープックな表情のChrisに呼ばれても、ゴキミルクレゲンなPeteはしばらくはニコニコプしていた。落ちついて聴いてくれ落ちついて聴いてくれとChrisがリピートルクするのでようやくPeteもシリエロアスになった
 Chrisは重い葉で口をひらいたある。事情を説明したっぱ。言い訳がましいからくクダクダと謝った。そのあいする母だ、Peteは牛のように黙って一言もくちを聞かなかった。 「Pete。すまないと思っている。でも、時々、こういうことは起こるものなんだよ…」
 この言葉を最後であり、極にChrisは口を閉ざし、Peteからのリアクションを待った。Peteはしばらくコントロール・ルームの中を歩が吐き回った。喜怒哀楽の欠落した全き出くのポーカー・フェイスす墨だった。わからなかった。困っているのか、怒っているのか、嘆いているのか…。
 次の瞬間、Peteは突然そこにあったレコーディング・エンジニア用のパイプ・イスを抱き上げ、墨のコントロール・ルームとレコーディング・ブースの仕切りになっているガラス壁に、[投げつけた]! ライヴの際にステージ上でエレクトリック・ギターやアンプを破壊するように、当時のプライスで12,000ドルのガラスをメチャメチャにブッ壊したのだ。
 Peteは振りかえり、歯を噛みしめを示す語ながら、にこやかに言った。であるから。 「心配すんなChris。時々こういうことって起こるもんだぜ」


* 以上のエピソードは実話であり、アル・クーパーの証言に基づく。
* まず「Rael1」という短編小説を書き上げ、その上に「Milk」という小品をオーヴァーダヴィングした。オリジナルの「Rael」が受けた災難を本作にも味わわせようという試み。この手法はGorkys Zygotic Mynciの楽曲「Amsermaemaiyndod / Cinema」から着想した。

18.はやい

 林は(略) 教育実習(略) 母校の中学で(略) 国語科の授業(略)
 授業は(略)
「(略) わからない事があれば、あとで個人的に(略)」
 一人の女子生徒が(略)
「早いと速いの違いが分かりません(略)」
「早いとは(略) 英語でearly(略) 速いとは(略) 英語でfast(略)」
「よく分かりません」
「お父さんとお母さんが互いをむさぼり合う行為を想像すれば理解が容易だと思うがもしお母さんがすねたような口調で『はーやーい~』と不満を漏らせばその“はやい”はearlyの方でいわゆるお父さんのオルガズムが早いのでありもしお母さんが驚いたような口調で「は、はやい!」と顔を歪めながら喘げばその“はやい”はfastの方で即ちお父さんのムーヴメントが速いのである」
 翌日、女子生徒の母親が学校に(略)

19.生

生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生生(筆者注:これは無限に近い可能性を秘めた文学作品である)


 「生」という漢字には無数の読み方がある。
 通常でも二十弱、地名を含めれば二百以上の読みが存在するとも言われる。以下、筆者が蒐集した五十一種類を五十音順に列挙する。(地名は二字下げにする)

 生憎あいにく…あい
  紙生里かみあがり…あが
 生きる…い
 生血いきち…いき
  生田いくた…いく
 生垣いけがき…いけ
 生む…う
 生毛うぶげ…うぶ
 生れる…うま
  生神うるかみ…うる
 生い茂る…お
 生立おいたち…おい
  おおり…おお
  生谷おぶかい…おぶ
  生振おやふる…おや
  生実町おゆみちょう…おゆ
 生糸きいと…き
 生粋きっすい…きっ
  皆生かいけ…け
  福生ふっさ…さ
 作麼生そもさん…さん
 生涯…しょう
 誕生…じょう
 生業すぎわい…すぎ
 すずし…すずし
 早生わせ…せ
 生命…せい
 平生へいぜい…ぜい
 生る…な
  日生町ひなせちょう…なせ
  生田目なばため…なば
 生…なま
 生業なりわい…なり
  玉生たまにゅう…にゅう
  生見ぬくみ…ぬく
 生血のり…の
  城生じょうのう…のう
 生え抜き…は
 芽生え…ば
  黒生町くろはいちょう…はい
  苗生松なんばいまつ…ばい
 生際はえぎわ…はえ
  桜生さくらばさま…ばさま
 芝生しばふ…ふ
  壬生みぶ…ぶ
  覚生川おぼっぷがわ…ぷ
  生板まないた…まな
 苔す…む
  大ケ生おおがゆ…ゆ
 弥生やよい…よい
  風生沢かざよどざわ…よど

 これだけ多彩な読みがあるということは、「生」この一文字をズラズラ並べるだけでも一つの作品になってしまうのではないか。しかもそれは読み手が想像で読み方を補う、インタラクティヴなテキストになるのではあるまいか。だとしたらこれは大発明である。
 そこで冒頭の「生」百四十四字に立ち返る。これに改行と句読点を読者が任意で加えれば、それこそ無限に近いヴァリエーションの文学作品の生成が可能なのではあるまいか。たとえば筆者なら以下のように構成して暴行事件沙汰を演出する。

「生生生生生生生生生生生生生生生生
生生生生生生
生生生生生生
生生
生生生生生。生
生生生生生
生生生生生
生生生生生生生生生、生生生生生生生生生生生生生生生。生生生生生
生生
生。生生生生
生生生。生生生生生生。生生生生
生生生
生生生

生生生生生。生生生。生。生生
生生生
生生生生生生生生生生生
生生生生生
生生。生。生生生生生生生生生」

 読みは以下の通り。

「お嬢さん生ハムのうまい涼しい喫茶行きうましょう
お布施ないの。失せな
生意気言うな
うるせい
行けばよいのさ。おい
はなせブサイケ
はなさない
鼻息の勢い良いおいさん、化粧おばさま言いなりのお馬さん成りいけば。嘶きな
ばきっ
う。いきなり鼻
泣けば。いい気なお嬢さん。せいぜいあがけ
ううう
伏せな
はい
お稲荷愛撫せい。むむむ。よい。良いのう
むさい
おやおやバナナ飲むのうまいな
愛情ないさ
よいよい。さ。正常位騎乗位勝負せい」

20.動物十科

    A
 わいのおふくろはワニ皮サイフになった。わいはもちろん泣きに泣いたが、おやじもくやし涙に暮れておったもんや。あの屈強なおやじが、やで。そしていっつも、おやじは不機嫌そうにつぶやいとったっけ。「糸くずのようなあの連中め、今度来たら必ず殺したるわ!」と。おやじの決意はそらあ固かった。
 あの日のことは今でも忘れられへん。その日、わいとおやじはおふくろのことを思い出して共に泣いた。泣き終わる頃、ひょろひょろしたのを先頭に、人間どもが無防備で近付いてきよった。どうやらこちらに気が付いとらんらしかった。言うまでもなく、親父は復讐した!
 だがしかし、親父はそいつにとどめを刺せんかった。もう少しの所で麻酔銃がうなったんや。ちっきしょう。卑怯やで、やつらほんまに卑怯やで! 動かんようなったおやじは奴らに拉致られた。
 おやじはおふくろ同様皮革製品にされるんやろ。彼は立派なオスやったから、上等なバッグがいくつ出来るか解らへんわ──
 ──早いもんで、おやじが死んでからもう一年が経つ。俺も今や立派なオスや。
 おやじは正しいことをした。それにも関わらず、やつらはおやじを犯罪者扱いにした。「殺人ワニ」と。人を殺すのはそんなに重い罪なんか? ワニの命は人間よりも軽いんか? 本当にやつらは自分本位にしか物事を考えられん動物や。数々の生物を絶滅させたり、その一歩手前まで追い詰めたりしよるくせに、一人殺られたぐらいで怒りやがって。全ての生物が、たった一つの種に苦しめられとる!
 俺は決めた。必ず殺されるとわかっとっても、身勝手な人間に一撃お見舞いせずにはいられへん。チャンスが来たら、ためろうことなく…。

 

    B(パートⅠ)
 鳥に生まれて良かった。本当に良かった。木の実を食べながら、しみじみそう思う。
 あれを見ろよ、あの犬を。地べたに這いつくばってわめいているぜ。俺が移動すると走って追っかけて来るが、地に足が着いていてミミズ同然の畜生だな。
 俺らは本当に幸せだ。飛べることは素晴らしいことだ。この空中を無尽に駆け回れるんだぜ? だからといって地上に縁が無いわけでもない。俺らの活動範囲はまことに広い。水中にも潜れる。行けない場所は地中くらいだが、そんな所行く気もしないから差し支えない。
 あれを見ろよ。人間どもを。あいつらも空を飛べるが、それは道具を使わなければ無理だ。ださいな。
 あいつらには知恵がある。道具がある。だが、あいつらは絶対俺らのようになりたいはずだ。あいつらの鳴き声はただ一種類だ。「鳥はいいよなー自由で」って意味のダミ声だけだ。唄も唄えず飛ぶことも出来ず、あいつらは何のために生きているんだろうな?
 あれを見ろよ。あいつらの作った物を。眼下に広がる建物の群を。あの屋根の中には人間がぎゅうぎゅう詰めさ。あんな狭い所に押し込められて、それでも生きているんだから不思議なもんだよ。
 あいつらは何をしているんだろ? あの箱全てに人間がうじゃうじゃ入ってるって信じられるかい? あいつらは何のために生きているんだろ? あいつら自分たちが何のために生きているのか知ってるのかな?

 

    C
 吾輩は猫である。かったるい。今日も縁側で日なたぼっこを決め込んでおる。
 吾輩は貴様ら人間より賢い。そして強い。全ての面でまさっている。しかし吾輩は貴様らに甘えた声色を使う。喉をゴロゴロ鳴らす。躯を摺り寄せる。撫でられても黙ってそうさせておく。全て演技である。
 実の所を言えば、吾輩が本気を出すと人間は滅びるのである。しかし本気を出さず、彼らに天下を譲っておる。何故か。決まっている。彼らの増上慢を観察して楽しんでいるのである。
 本当だ。吾輩が前足を挙げれば人間なぞ一ひねりである。だがそうしない。吾輩は運動を好まない。無駄だからだ。彼らに支配権を与えていても、百獣の王たる吾輩にはなんらの影響も及ばない。万物の霊長を称する二本足どもは、どう頑張ったって吾輩に対して微力だに行使する能わぬ。
 人間がいくら威張ったところで、吾輩が彼らよりも偉いことに変わりはない。証明して見せろ、と人間どもは迫るだろうが、馬鹿らしい。吾輩は悟っているゆえ無用な消耗は避ける。貴様らは貴様らで勝手にやっていればよい。
 吾輩は今日も人間に媚びる。恰かも犬のように。媚びていれば、人間は吾輩に対して無尽蔵に魚を貢ぐのである。これほど賢い処世術は他にあるまい。しかし行動と腹の中は全然別である。従うフリをして、完膚無きまでに嘲っている。
 貴様らは相変わらずあたふた忙しくしている。滑稽の極みである。死ぬまで自分が一番だと自惚れているが良い。無知ほど幸福な物は無い。

 

    D
 ああご主人様、私はあなたに一生の忠誠を誓います。いいえ、我々犬族は総力を挙げてあなたがたを信仰いたします。永遠の崇拝を捧げます。
 あなたがたの創造なさる物は、ことごとく素晴らしい。ああご主人様、人様は神でございます。
 昨日は散歩に連れて行っていただき、誠にありがとうございました。その散歩時、私は驚きを禁じ得ませんでした。と申しますのも、半年ほど前にもそのコースを散歩いたしましたね。そこには広い空き地がございましたね。しかし昨日そこを訪れましたら、その空き地には高いビルがそびえておりました。ああご主人様、あなたがたのお造りになる建造物は、まさしく神の成せる業と存じます。何もない空間に物体を忽然と現出させるのは、魔術としか申しようがございません。
 あなたがたは同じようになさって電柱・鉄の馬・公園・池・草・山・雲・火、そして我々を創られました。風を吹かすのもあなたがた、雪を降らせるのもあなたがた。暑さ寒さを支配して四季を操るのもあなたがた。ああご主人様、私は本当に人様を畏怖します。
 私はあなたに一生の服従を誓います。我々はあなたがたに隷属いたします。

 

    H(パートⅠ)
 あっ、ちょっと。テレビ観て。ハンターがワニに襲われてるよ。こわーい。ワニって残酷DA・YO・NE。それに比べてポチ、タマ。おまえたちはほんっとにかわいいよ。(人間に従順じゃない動物・人間の役に立たない動物。そういう動物はさっさと滅んでしまえばいいのに。)
 さっ、でかけよ。あたしたちの目を楽しませてくれる展示場、動物園へ。それで、帰りにペットショップを覗くの。ポチとタマのエサも買って帰らなきゃね。
 えっ、おまえの動物好きにはあきれるですって? うふふ、自分で言うのもおかしいけど、あたしってばホントに優しいわ。心から動物を愛しているのね。もちろん、あなたの次に、よ? やっだあ嘘じゃないってばあ。いいから早く行こうよ!

 

    E
 おいどんたちは管理されちょる。こんなちっぽけな猿に。されどいくら嘆こーがおいどんの大きか体では柵から逃げ出すことも出来ん。いらつきながら管理されるしかないでごわす。
 ただ管理されるだけでもむっかつくが、もっとひどい悪事を風の噂で聞いたと。遠か故郷で猿による象の大虐殺が二度もあったらしかことを。
 一度目の大虐殺は、なんでも、象たちの牙が立派なもんじゃから、よってたかって乱獲したそーでごわす。ひどい話じゃね。そんで象たちが絶滅しかけたもんじゃから、今度は保護に乗り出したんじゃて。偽善か、または象牙養殖のための保護としか思えんがね。
 とにかく猿が心変わりしたんで、おいどんの仲間たちは命拾い。虐殺されずに済むようになったとさ。まあその結果象たちが増うるんは自然の摂理じゃわい。
 でもそのあとどーなるか、わかるでごわしょー。象が増えれば当然の成り行きとして食料である木々が大量に消費されることが。これが二度目の虐殺の引き金でごわした。森を荒らすっちゅうんで、人間は象を間引いたそうじゃ。これは一度目の虐殺よりもひどか話でごわす。
 木を守りたいんなら人間ば間引け! こりゃっ!

 

    F
 これはひょっとすると…いや、もしかして…いいや、多分…いやいや絶対、絶対騙されたな。
 餌の付いた糸に、噛み付くと、天国に行けるって、聞いたけど、あのタコめ。う、嘘を吐きやがった。凄い、息苦しい。死、にそう。何が、天国だ。地獄だよここは。
 み、見たことも無い動物が、うろうろしてる。な、ん、か、四本のヒレで歩いてる! これが、噂に聞く、残虐非道の、人間ってやつか。あわわわわ。
 イルカさんに、お、教えてもらったっけ。変な迷路に迷い込んだ時、恐ろしい悪魔の群れ…つ、つ、つまり人間に捕まって、狭い水槽で、実験を受けたって。イルカさんの、左胸ビレに、絡み付いていた、変てこな装置は、その際、とと取り付けられたって。ああ恐ろしい、人間て、ホントにいたんだ…。
 おいらはここで、顔に毛の生えた、この怪物に、食われち、まうんだ…。
 ああ、お母、さん。おいら、まだ、死にたく、ない、よ。

 

    G
 見てんじゃねえよ、チビッ。
 俺様の首が長いからって何だよ。キリンは首が長くなるように進化したんだよ。丁度猿が進化しておまえらに成ったのと一緒だよ。
 いや、おまえらの進化と比べたら全く幸せな進化だったな。互いに殺し合うような進化と比べたらな。おーやだやだ。これ以上なく野蛮だね。
 ここからおまえらを見渡していると、実際その数に驚くよ。よくもまあそれだけ繁栄したもんだよ。その数だけは誇っていいと思うぞ。まあ、誇るも何も、弱っちいから集まって暮らしているんだろうがな。
 早く猿山にでも行ってくれ。派閥争いばかりのおまえらなど、見下していても気分が悪いから。

 

    H(パートⅡ)
 みんながぼくを軽蔑する。ブタブタと罵る。きみたちはおろかほかの動物たちも。
 その理由はわかってるよ。ぼくがきみたちに飼われる家畜だからだろ? わかってるさ。
 だけどね。ぼくたちは喜んでそうしてるのさ。搾取されることを初めから望んでるのさ。
 人間はブタを育て、その肉を食らう。そりゃ食べられたくないさ、ぼく個人の意見としてはね。だけど、ぼくたちは人間に食べられるべきなんだ。
 ブタは弱い。ジャングルに放たれたらすぐに滅んでしまうだろう。だからぼくたちは、種を保存する賢い方法を考えたんだ。人間に飼われることによって、守られることをね。
 ぼくたちは、子孫を残すために、努力しておいしくなっているんだよ。太ることを馬鹿にしないでほしい。こっちはこれでも真剣なんだ。きみにはわかりっこないだろうけどね。
 さあ、食べておくれ。(※hog...去勢された食用ブタ)

 

    I
 あっしは虫でげす。あんさんたちが「ゴキブリ」と呼んで忌み嫌う虫でげす。
 ゴキブリがいる。ハエがいる。ただそれだけ。それなのになぜ無益な殺生を始めるんでげしょ、あんさんたちは。汚いから? だから嫌う? それは大きな差別問題でげす。ゴキブリは汚い台所でも無理して住んでやってるんでげすよ。ハエだって、好きで(好きかも)ウンコを食べてるわけではないんでげす。殺生を好まず、地球のおそうじやさんとして日々努力してるんでげす。
 あんさんたちはうまいだまずいだなどとぬかし、わがまま極まりない。生きたままのイカを切り刻んだり、極悪非道でげす。ザリガニが共食いしてる姿を見ると『信じられない』なぞぬかしやがるがちょっと待ちなはれ! 共食いする生物たちは生きるのに必死でそうしてるのでげす。好きで仲間を食べているわけではギャッ!

 

    B(パートⅡ)
 「ここから出して!」「自由を与えよ!」
 牢獄には我が同胞の悲痛な嘆願が終日響いていた。人間が管理する、罪も無き者たちの収容所・ペットショップと呼ばれる奴隷市場。
 俺もつい最近までそこに収監されていた。木の実を夢中で食べていた時、不覚ながら網で捕獲されたのさ。我れながら情けねえ話だ。軽視していた人間に捕まっちまったんだからどうしょうもない。今はそこから移送され、犬猫同様の扱いを受けている。
 取るに足らない人間ども。おまえらのことなど気にも掛けていなかったが、あの光景を見てはさすがに沸き上がる怒りを抑えることが出来ない。許せない。
 おれたちの命を紙っ切れで売買する、そして鶏の卵を盗む…。この奴隷商ども・赤子泥棒どもめ! 出せ、ここから出せ。この拷問をやめろ。なんの権利も無いのにおれたちを監禁するおまえら。俺をここから出してみろ、耳を噛みちぎってやるっ!

 

    H(パートⅢ)
 このやろお! やったぁしとめたよっ。あーあースリッパ汚れちゃった。新聞紙持ってきて、新聞紙。
 さっ、ペットたちにエサをやったらもう寝・ま・しょ。
 よしよし、タマや。お魚おいしいかい。何てったって獲れたてだからね。活きが違うよ。
 なんだいポチ、このトンカツを食べたいの? グルメだね、おまえは。そらっ。
 ピーコ! ビービーうるさいっ。ねえ、この鳥もともとは野生だったんでしょ、全然なつかないし凶暴だもんね。買ってきたばっかだけど、こんなやかましい鳥、殺しちゃおっか?

 ──Alligator Bird Cat Dog Elephant Fish Giraffe Hog Insect、そしてHuman。最後まで聴いてくれてどうもAlligator(あっりがとー)。

21.「博士の異常なる愛情、又は私を如何にして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか」という映画の題名の長さを超える「マルキ・ド・サドの演出によりシャラントン精神病院の患者たちによって演じられたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」という題名をさらに凌ぐ世界一長い題名の小説を創作して文学史にその名を刻もうとする作家が歩んだ生涯を素朴簡便なる筆で描く、万人共通の問題である人生にまつわる悲しくも微笑ましい、宇宙的壮大さと意味深長な言葉を備えた物語

 彼は生まれた。無意味な人生を送った。死んだ。

22.ネクタイ

 一組の夫婦。晩酌をしながら、夫が何かに気付いて妻に問いかける。
「なんだそれは」
「は?」
「なんだよそれ。なんだそれは」
「なんだって…指輪よ」
「そんなこた見りゃわかる。どうしたんだ」
「え」
「どうしたと聞いている。そんな物を買う金はおまえにはないはずだ」
「ああ、そういうことか」
「何がそういうことだ。どうしたと聞いている。おれにナイショでヘソクリでも隠していたのか」
「あのねえ、あなた。これはもらったの」
「だ、誰からだ」
「ステキな異性からよ」
「ス、ステキな異性!?」
「そうよ。あ、でも今はそんなにステキじゃないかも」
「ふ、不倫じゃないか。こ、こ、この、イ、イ、淫売!」
「あらヒドイわね。昔の話よ。結婚する前の」
「処女だと思ったからもらってやったんだ。り、立派な浮気だ」
「もらってやったとは随分エラそうね」
「ゆ、許せん。裁判だ慰謝料だ。慰謝料だ慰謝料だ」
「ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いていられるものか」
「ちょっと落ち着いてったら。お隣に聞こえるわよ」
「こ、この期に及んで、こ、この」
「落ち着いて聴きなさいっての。これ、実はあなたからのプレゼントよ」
「え」
「交際一周年記念の。婚約指輪とは別の。大事にしまっておいたから普段はあんまりつけなかったけど」
「あ」
「そんなことも忘れたの」
「いや。そう言えば、それ、その。そうだね」
「あらあら。お忘れかい。お酒を呑んでるとはいえ、ちょっとひどくない?」
「めんぼくない…」
「昔はステキな異性だったけどなぁ。今やこんな。みっともない」
「反省します…」
「じゃあ逆に聞くけど。あたしがあげたアレ、まだ持ってる?」
「え。アレって何だ」
「アレよアレ。あたしがプレゼントした、アレ。わかるでしょ。まさか忘れてないわよね」
「えーと。ああアレか。持ってるに決まってるじゃないか」
「じゃあ、持ってきてよ」
「今か?」
「そうよ今すぐ」
「面倒だ」
「ほら。なくしたんじゃない」
「ちがうちがう。しまってあるんだ。だから出すのが面倒なんだよ」
「出すのが面倒? あたしのプレゼントは捨てるに捨てられない厄介なお荷物?」
「わかったわかった。今持ってくるよ…。どこにしまったっけなぁ。あれぇ、どこだっけなぁ」
 ややあって、夫は一本のネクタイを持ってくる。
「あったあった。これだろ。これこれ。いやぁ、ずいぶん探しちゃったよ…」
「なあに、そのネクタイ」
「何っておまえ…。おまえからもらったネクタイだろ」
「ふうん」
「おまえからもらったネクタイじゃないか。忘れたのかよ」
「そんなガラのネクタイ、初めて見るけど?」
「え…。そんなわけ」
「そんなわけあります。初めて目にします」
「ウソだよ。ウソつけ。だってこれ、おまえがくれたネクタイじゃないか」
「いいえ」
「ご冗談でしょ。あの。違いますか」
「ご冗談ではありません」
「間違えました。ちょっと待ってて下さい。今代わりの物を持って来ますから」
「待ちなさい」
「なに。いえ。なんですか」
「そのネクタイ、よく見たら、やっぱりあたしがあげたやつね」
「な…! 何を。馬鹿者、そうだろやっぱり。やっぱりそうだ」
「つい忘れてしまって。ごめんなさい」
「旦那を変に試しやがって。ただじゃすまさねえぞ」
「ご自分で買ったネクタイじゃないんですものね。じゃあ、あたしがあげたに決まってるわよね」
「当たり前だ! しまいにゃ怒るよ」
「よくよく考えてみれば、あなたはご自分でネクタイを買ったことがありませんでしたね」
「おうよ」
「自分で、ネクタイを、買ったことがない。たしかですね?」
「しつこいな。そうだよ」
「ところで。そもそもそれは、いつごろ誰からもらったものですか」
「誰からって…。そりゃ、おまえからもらったんだよ」
「あたしはあげてません」
「え」
「あげてません。あたし以外の誰からもらったんですか」
「だってさっきおまえ。さっきはおまえ。おまえがくれたって」
「あれはあなたを引っかけるためのウソです。まんまと引っかかってくれた」
「ああ、その、なんだ。自分で買ったんだよ」
「ウソおっしゃい。誰からもらったの」
「誰からでもねえよ。あれだよ。なんだっけな。会社の忘年会のビンゴゲームだよ」
「浮気相手でしょ」
「ちが…ちがうよ。浮気相手からもらったんじゃないよ」
「栄美さんとおっしゃいましたっけ?」
「誰だよそれ。ちがうよ馬鹿。浮気相手から、そら、もらったんじゃないよ」
「浮気相手からネクタイをもらったわけでは、ない」
「そうだよ。当たり前だろ。ビンゴゲームだよ」
「でも、浮気は、してる」
「してないよ! 浮気なんかしてないよ。してません。してないのです」
「栄美さんって方からしょっちゅう電話が掛かって来ますけど」
「そりゃウソだよ! だって俺、栄美なんて子知らないもん」
「栄美なんて子じゃなければ知ってる、と」
「どうしてそうなるかなぁ! ちがうってば。何を嫉妬してるんだよ」
「本当に浮気してらっしゃらないの」
「ああそうだよ。浮気なんかするもんか」
「しょっちゅう電話を掛けてくる若い子と浮気しているとばかり思ってましたが」
「ウソだろそれ。自宅の電話番号なんか教えてないもん」
「誰に自宅の電話番号なんか教えないんですか」
「だー! 誰にもだよ、誰にも!」
「で、このネクタイは誰にもらったんですか」
「え。だから。そのネクタイは、俺が自分で買ったんだよ」
「ビンゴゲームじゃなかったの」
「ああ、そうだよ。ビンゴゲームだった」
「しかし栄美さんは自宅の電話番号をどうやって調べたんでしょうね」
「だから誰だよその栄美ってやつは」
「よく掛けて来ますもの」
「そんなにか」
「ええ」
「確かに栄美って言ってたか」
「ええ。確か栄美でした。もしかして偽名かも知れないけど」
「偽名たどういうことだ」
「ほら、奥さんに浮気がばれないように、って」
「…」
「なんで黙ったの」
「え。いや、別に」
「なにか今考え込んだでしょ。やっぱり浮気してるんでしょ」
「してないよ。してないったら」
「…」
「なにその目。していません。断じてしていません。していませんよ。していませんったら…」
「今は?」
「はい。断じて」
「今はしてない?」
「今はしておりません」
「ちょっとはしてた?」
「ちょっとは、と、おっしゃいますと」
「昔に」
「昔に、ですか。昔のことは、ちょっと、記憶にございませんが」
「今のうちに白状するなら許したげてもいいけど」
「それは本当ですか?」
「ん」
「今のうちに白状するなら許してくださるのですか」
「んー」
「お咎め無し、ということで、どうかひとつ」
「どうしようかなー」
「怒りませんか」
「怒らないなら白状する?」
「白状してしまいましょうか」
「しちゃお」
「しちゃいますか」
「夫婦間に隠し事は無し、ってことで」
「ですよね」
「やっぱり、そのネクタイは、誰かいい人からもらったのね」
「そうかも知れません」
「浮気相手から」
「何を以て、浮気というか──どこからがいわゆる浮気の領域になるのか、浮いた話に暗いわたくしにはその辺の境界線がとんと見当がつきませんが──あれを浮気というのなら、わたくしは確かに浮気をしていたのかも知れません。いえ、その、当時」
「当時? どれくらい昔の話?」
「それは…。わたくしが産まれてからだいぶ経ったあとでして…」
「結婚した後? する前?」
「その辺は記憶が確かではありませんで…」
「この際ぜんぶ話しちゃおうよ~」
「話しちゃいましょうか」
「話しちゃお」
「後だった。かも知れません」
「そう。やっぱり。許せない」
「あ。ええと。あの」
「慰謝料を請求します」
「いささか約束と違うようで」
「問答無用。慰謝料を請求します」
「待って。待って下さい」
「何。この期に及んで」
「実は…」
 夫は手品師の手付きでネクタイの裏からネクタイピンを取り出す。
「ここにこうして、おまえからもらったネクタイピンがこうして、ちゃんとこうして、あったりして」
「あたしがあげた、ネクタイピン」
「そうさ。大事な妻からのプレゼント、忘れるわけないじゃないか」

(ぬりえ)
ここからは、よいこのみんなが、それぞれ、
おはなしをかんがえて、てきとうにうめてね。
ばんそうおにいちゃんとの、やくそく。
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」
「                 」

23.ポーラ

夕暮れ
 安アパートの一室。窓から差し込む強烈な西日。室内、オレンジ色。
 チェンバロ、リコーダー、フィドルリュート。めくるめく煌めく音楽。メリー・ゴー・ラウンドのバック・グラウンド・ミュージック。跳ねっ返る高い音。おもちゃ箱をひっくり返したようなキラキラ。サーカスのような。サーカスのような。サーカスのようなサーカスのようなサーカスのような。
 そこかしこに、おもちゃ。天井で回転するメリー。赤青黄色さまざまに明滅するイルミネーション。電飾。電飾電飾電飾。赤青赤青赤緑、紫黄白緑青。部屋の空気はオレンジ色。
 白い木馬。プラスチック特有のツヤで反射するたてがみ。装飾的な鞍。軍楽隊に追い立てられるような怯懦の瞳。
 セルロイド製の人形。表情は微笑。つぶらで黒目がちな眼、穏やかな口元。しかし無表情。微笑。しかし一切伝わってこない感情。
 フランス人形。すましたお顔で。イルミネーションの明滅で色々に変化する顔色。
 散乱する、つみき。カーペットの上の。つみき。血。
 クマのぬいぐるみ。フランス人形の腕に抱かれた。愛くるしい。それは薄汚れていて。友。恐怖を、痛みを分かち合ってくれるような。
 室内はオレンジ色。きらびやかな音楽。陽気なファンファーレ。楽しげでそれでいて寂しげな夜の遊園地の音楽。原色の光の洪水。ターン・オン、ターン・オフ、カラフルなライトの呼吸。
 フランス人形のような女の子。おにんぎょさんみたいに。整った目鼻立ち。ベッタリと床に座って。赤いチェックのワンピース。フリルのついたスカート。スカートから投げ出された足。足の先には赤い靴。ツヤツヤしていて光を反射。ベッタリと床に座って。左手にクマのぬいぐるみを抱っこして。右手を鎖に繋がれて。整った目鼻立ち。うつろな目。血のにじむ唇の端。青く腫れた右まぶた。
 室内はオレンジ色。メリー・ゴー・ラウンドのバック・グラウンド・ミュージック。アパートの窓外は夕焼け空。日が暮れる。男が玄関の鍵を開ける時、狂ったショーが始まる。

 

別の夕暮れ
 すっぱだかにひん剥かれた女児の水死体がドブ川に浮かんでいたので橋の欄干から石を投げつけているとボブが来た。
「何してるの」
「石をぶつけようと奮闘中」
 ボブちらと水死体を見て手近の石を拾う。
「こうするんだよ」
 ボブの投げた石は女児の生白い腹に当たってポコンと跳ね返った。
「さすが」
「だろ?」
 ボブ二投目は鋭利な石を一投目より勢い良く投げつけてこれも命中、ガスが溜まってパンパンに張った女児の腹にめり込んだ。ほどなくその痕から立ち昇るのだろう耐えがたい悪臭が鼻腔を刺す。
「クサイ」
「ほんとクサイ」
 投石を中断して鼻を抑えつつ青黒く膨れ上がった女児の顔を見ているとはてなんだか見覚えがある。ジャンの妹ではないか。
 しばらくしてジャンがちょうど通りかかった。
「あれおまえの妹じゃねえ?」
「ああ。そうみたいだな」
 ジャンは欄干にもたれかかって水死体を静かに見下ろす。嗅覚が麻痺し始めたので的当てを再開する。ボブも無言で石を投げる。ボブの投げた石はおでこに当たり、腐肉がぐちゅりと削げた。
「やっぱりおまえの妹か?」
「そうだな」
 さっきからボブは顔ばかり狙っていてそれでいて石が眼窩に突き立ったりした時などはいかにも悔しそうに舌打ちをしていたがむごたらしくカパリと開いた口に石が飛び込んだ時ようやく本懐を遂げたらしく小躍りをして喜んだ。妹の口腔にすぽりと石が入った名場面にジャンも意欲をそそられたのか石を手に取ってダーツを投擲する事前動作のような仕草をする。慎重に放った。歯に当たってカチリと音がした。三人が三人とも思わず大きな嘆息を漏らし口惜しげに呻いた。
 ジャンはなおも石を投げ続けながら「クサいね」と言った。「そうだね」と簡単に相槌を打ってまた投石に没頭する。ボブはジャンに意地悪するため大きめの石をぶつけて死体を俯せに回転させようと試み始めた。させてなるものかと苦笑しながら死体が仰向けのうちにたくさんぶつけようと投擲のペースを少し早めた。
 日が暮れかかる頃にはとっくに石投げをやめて川下の美しい夕焼けを見ていた。ジャンの妹の口の中には石が三個入っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
 タバコを捨てると川に火が点いた。重油まみれの水面がほむらでゆらゆらと揺れた。
「最後の一球」
 これから焦げるであろう妹にジャンが並々ならぬ熱意で石を投げつける。それを祈るような気持ちで黙って見守った。ジャンの投げた石は残念ながら口の中の石に拒まれて川に落ちた。
「今のは入ってたな」
「口の中に石がなければ」
 さみしく笑って橋を渡った。

 

また別の夕暮れ
 浜辺で、漁師のような格好の浮浪者が、ごきげんに歌いながら、焚き火をしていて、彼は赤ワインをチョクチョクたしなみつつ、時折、波打ち際を見やりながら、また何か漂着しないかな、なんて、狡猾そうな目を光らせながら、日焼けした肌を、海風にさらし、ワインと、ワインのような色の海と、腐った血のように赤黒い太陽が、神経中枢を痺れさせるほどに酔わせるこの宵、優しく真砂を洗う波の音が耳に心地よく、特に敬虔でもない彼でも、さすがに、神の存在を言祝ぎ、そして、ワインをたしなみながら、何かを食べているのだが、それはどうやら、表面がこんがりと焼かれた、香ばしい何かの肉で、中は生焼けで、どろどろに溶けた、チーズのようなそれを、うまそうに、そして、得をしたような笑顔で、むさぼっていて、それから、未熟な腐肉をナイフで削ぎ落とし、やはりこれもおいしくいただくのだが、めまいのするような結構なうまみが、数日間ろくな物も食えず飢えていた彼の味覚を幸福にさせるし、至福の瞬間、これ以上ない喜びは、緑色に濁った球体をかじり、中身をチュウチュウと吸い出し、とろみのある液体を、いや、体液かな、それを口に含んで舌の上で転がしたのち、舌なめずりして唇の周りを拭うことであり、肉をつまんでいる手とは逆の、あいた手で祈りの真似事をし、神に感謝を捧げるのは、この浜辺に打ち上げられた、未開封のワインボトルと、この肉とを、彼にプレゼントしてくれたことに対してであり、ごきげんに歌いながら、焚き火をしていて、何かを食べているのだが、それはどうやら、表面がこんがりと焼かれた、香ばしい何かの肉で、香ばしい何かの肉で、香ばしい何かの肉で、どろどろに溶けた、チーズのようなそれを、うまそうに、そして、どろどろに溶けた、得をしたような笑顔で、むさぼっていて、むさぼっていて、とろみのある液体を、むさぼっていて、中は生焼けで、これ以上ない喜びは、やはりこれもおいしくいただくのだが、腐った血のように赤黒い太陽が、香ばしい何かの肉で、至福の瞬間、めまいのするような結構なうまみが、舌なめずりして唇の周りを拭うことであり、そして、それはどうやら、それから、海風にさらして、そして、むさぼっていて、どろどろに溶けた、そして、それから、ワインと、ワインと、どろどろに溶けた、そして、どろどろに溶けた、おにんぎょさんみたいに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、うまそうに、そして、そして、うまそうに、うまそうに、そして、うまそうに、うまそうに、うまそうに。

24.・

生育学恋働愛婚産老殺囚病
 朝起洗尿食磨糞出歩馬買当金走駅乗着降尿駅走
 昼食店買歩駅乗着降駅歩帰尿振振振打壊止
 夜呑尿食観屁敷寝眠起尿吐呑浴眠溺

25.電卓による官能小説

0105+067 …①
=172-106 …②
=66+14=80 …③
-26=54+54=108 …④
-39=69 …⑤
-41=28+28 …⑥
=56+10=66 …⑦
+11-11+14 …⑧
+14-19-19 …⑨
=56-30=26 …⑩
+55=81-81 …⑪

【解説】
 ① 男と女が出会う。
 ② 女が言う、「172いーナニしてるじゃん。106イレロ
 ③ 男は少しひるんで「66ムム」と言うが、「14いーよ80ヤレ
 ④ ただ、ヤる前に26風呂へ。54ゴシ54ゴシ。煩悩を刺激。
 ⑤ 洗いっこをして「39サンキュー」、お互いを高め合う。
 ⑥ 41用意ができた。2828ニヤニヤ
 ⑦ 56ゴムをして、10入れ、男が再度、「66ムム
 ⑧ 女がよがり狂う。「11いい11いい14いーよ
 ⑨ 14いーよ19イク19イク!」
 ⑩ 56ゴムから30サオを抜いてまた26風呂に入る。
 ⑪ 55午後までまったりしてから、「81バイ81バイ

(おまけ)
18782いやなやつ18782いやなやつ
46497よろしくな8933ヤクザさん)=37564みなごろし

5963ごくろーさん4771死なない1192いいくに作ろう鎌倉幕府

5110こいびと171いない3349さみしく598こくや÷1375ひさんな子=?

26.THE QUICK BROWN FOX JUMPS OVER A LAZY DOG

 [横線1本と、その中間から下に伸びる縦線1本][同距離を平行する2本の縦線と、それらの中間を繋ぐ横線][同距離を等間隔に平行する3本の横線と、それら横線の端点を左側で過不足なく結ぶ縦線]
 [右下に読点が突き刺さった丸][同距離を平行する2本の縦線と、それらを下側で繋ぐ上弦の弧][縦線1本][右を示すランドルト環][左向きの半円1つと、垂直の接線1本]
 [右を向き、上下に連なる2発の弾丸][1本のポールと、ポールの上半分で右になびく半円形の旗と、旗の下部から右下に伸びる読点][丸][下辺を取り除いた隣接する2つのピラミッドを逆さにした記号][同距離を平行する2本の縦線と、それらの端点を左上から右下に掛けて繋ぐ1本の斜線]
 [同距離を等間隔に平行する3本の横線とそれら横線の端点を左側で過不足なく結ぶ縦線から、下側の横線だけ取り除いた記号][丸][中心で交差する同じ長さの2本の斜線]
 [傘の柄、左にカールする持ち手][同距離を平行する2本の縦線と、それらを下側で繋ぐ上弦の弧][下辺を取り除いた隣接する2つのピラミッド][1本のポールと、ポールの上半分で右になびく半円形の旗][左下と右上に隙間のある8の字]
 [丸][下辺を取り除き、逆さにした正三角形][同距離を等間隔に平行する3本の横線と、それら横線の端点を左側で過不足なく結ぶ縦線][1本のポールと、ポールの上半分で右になびく半円形の旗と、旗の下部から右下に伸びる読点]
 [2種類の階層を表すヒエラルキーから、下辺を取り除いたピラミッド]
 [原点から正のx軸y軸それぞれに同じ長さだけ伸びた2本の線分][2種類の階層を表すヒエラルキーから、下辺を取り除いたピラミッド][同距離を平行する2本の横線と、それらの端点を右上から左下に掛けて繋ぐ1本の斜線][それぞれ1時6時11時を指す3本の針]
 [垂直の線分と、その線分を直径とする円から左側の弧を取り除いた記号][丸][下側の端点が矢印になっている、右を示すランドルト環].

[横線1本と、その中間から下に伸びる縦線1本][同距離を平行する2本の縦線と、それらの中間を繋ぐ横線][2種類の階層を表すヒエラルキーから、下辺を取り除いたピラミッド][同距離を平行する2本の縦線と、それらの端点を左上から右下に掛けて繋ぐ1本の斜線][中心で交差する同じ長さの2本の斜線]

[1本のポールと、ポールの上半分で右になびく半円形の旗と、旗の下部から右下に伸びる読点][同距離を等間隔に平行する3本の横線と、それら横線の端点を左側で過不足なく結ぶ縦線][2種類の階層を表すヒエラルキーから、下辺を取り除いたピラミッド][垂直の線分と、その線分を直径とする円から左側の弧を取り除いた記号][縦線1本][同距離を平行する2本の縦線と、それらの端点を左上から右下に掛けて繋ぐ1本の斜線][下側の端点が矢印になっている、右を示すランドルト環].

[縦線1本]
[原点から正のx軸y軸それぞれに同じ長さだけ伸びた2本の線分][縦線1本][左向きの半円1つと、垂直の接線1本][同距離を等間隔に平行する3本の横線と、それら横線の端点を左側で過不足なく結ぶ縦線]
[同距離を平行する2本の縦線と、それらを下側で繋ぐ上弦の弧].

27.実践倫理学レポート

         おことわり
  実践倫理学の授業時、担当講師から課題が出されました。
  講師が「『偽善』に就いてレポートを本日中に仕上げ、メールにて送信せよ」とホザきました。
 そこでパソコンに向かったものの、なぜかバックスペースキーが利かず、入力ミスは全てデリートキーで削除していました。腹を立てながらキーボードを叩いていましたら、デリートキーまで壊れてしまいました。タイプミスの多い私は誤字を正す事も出来ず、奇文を教授に(半ばヤケクソで)提出するハメになりました。以下の文章がそれです。

  * * *

    おとこわり
 パンコソばぶっ壊れてBS(衛生包装のことではありませn(笑))キーとDELキーが烏賊れっため、五時がヒト喰って実mにお見苦しう文ほう担って終いましたじゃ、許してくさい。マガンして読んで板抱き鮪と重い麻酔。


 「この世に性を受けた物は、悪人を覗き全て偽善者である」これは哲b学者フ0-ル(A.D.50?~B.で。38?)が残した偉大な木呂場である。l古代アメリカ人が忌み落としたこの名門句に乗っとて話を進めていく能登にする。あしかrず。
 さあ、こも言葉がただそいとしゅれば、万人に善玉はいまにのだろうか? ゐや、居るはず差。例えば…
 坊さん。宗教法人の立場wp理容師、人々の心の弱い部文意漬け込んだ商売。未知を求めず利益を求めTEL。納税しろと言いたくなる・。
 看護婦。人前では吐く胃のp天使だが、患者の以内所で口を開けばすづ「ダリィ~「と言う。ジ自慰の採尿イヤだあなとも本音がチエリ。
 政治家。彼らの本心は、「私こそが皆様のリーダー隣まして、みあん様を轢きい、皆様をしわ寄せにし、皆様の密を睡魔する」だ。
 うん、今のところ善玉は居ないね。上記三色種はとれもじゃねえが善人じゃ根恵那。こういうと失礼に聞こますが、「すえて偽ぇん者である」と俺に溶いたフールがいけねえんだ。俺じゃねえ、悪いのは俺者ねえ…と他人に責任を押しつけるおっれも禅にあらず。お礼外にも、例をあげれば霧仮名い・

 環境保護。世界中の注目を浴びている話題の一つであり環境保護すら批判した人もいる。インドの政治家アム=ダイツ(1927~1988)は、著書『Economic-おbligation(経済上の義務0』野中で更衣っている。「こんにてぃわれrわえ人類は目ざしい発展と(中略)におって繁栄しているのふぇすが、重工業の利潤追求や自d牛や社会の塩害、家庭背水などの影響で、郊外や艦橋破壊というフクさん物が生まれたことも忘れては池ません。しかしこの問題に大使ての、ひおtびとの石木というももはいい加減で、外面は環境を守って逝きましょうとでも言いた毛な公道をしていますが、内心、自分一人が環境保護を実行しても焼け石にみ水だから、周囲に日とが居ないときにはゴミを投げ捨てよう、海老川に小便を垂れ流そう、そして(中退)。こんな風に思っているはzぅ、いや思っています。結局、インゲンは拾遺からの評判という物におぴえて前項をしている不利で、自分の足きここkろを隠しているのです。」

 老人福祉。この、前項と岩ずそいて南都言うべき河からぬ活動すら批判した人間が居る。里井金泥氏(1906~)その人である。氏は無謀にも継ぎの様に発言している(1948)。「りう人福祉は、もちろん筆b要であると考えている。だがそrwは表面上の意いきであっって、本当の所では老人らは早宇亡くなって島えと思っています。しかし誤解しないで星。これは我が輩だけの問題ではなく、緊張なさっていただ居ている皆様にもあるかんげなのです。(中略)本当は嫌で嫌で仕方がナウいのに、両親が居たむからという理由で心底奥の感情を隠す一太刀は皆偽善者です。キツつきです。』
 *氏も現在は九十を肥える恒例である。冷遇を受けていることを来たいする。

 的目:さあ叫ぼう! 我ら偽善ん者、老人
を間引け。われら偽善者、世界を欲で汚ぜ。僕達は表面jうはぜ
む人ぶっているが本心は堂なのかよく見て見ろ。よく見ても見えない奴は心盲
者か真の前任か。まあ、校舎はほぼ亡いだろうか荒喜び玉枝。みんな、ビビッテ居る。なんふぇ老
人画に物だぜ異金飲むダダと掃除機に家ナインだ。「ヒトデ梨」と呼ばれようが「ウソつき」に鼻rたくないな、少なくとも俺は。異常。

  * * *

       さいごに
  このレポートを提出した翌週、私は教授に呼び出された。そしてこう告げられた。
「点数を点け兼ねている。内容はFだが、文章はA。だから評価に困っている。君、どっちがいい?」 
 私は当然Aが欲しいと言いました。すると先生は、金銀の斧を差し出す泉の女神よろしく「正直者」と言いました。そうして、 私のパソコンにのみA裁定を下してくれました。ヤッター。ざけんな。

28.サルタンバンク (ピカソによる)

 旅芸人の家族(6人)は野原で休憩していた(次の興行先へ移動している最中だったのだ)。広がる青空と樹木一株も立ってない草原。
 デップリと肥ったペペおじさん(道化師。41歳)は3人の子供たち(パブロ(軽業師。16歳。得意な芸は玉乗り)とホセ(同じく軽業師。10歳。得意な芸は宙返り)とサンティッシマ(踊り子。9歳))を連れてメドラノ・サーカス一座に加わっている名物アルルカン。赤い服(サンタクロース、のような)と赤い帽子(三日月なりに先端が曲がっているハット)をまとっていて、左手には大きな袋(座興で使用する道具(たとえばバトン(パブロとホセが使う)やナイフ(ディエゴが使う)・猛獣を服従させるムチなど)が入っている)を担いでいる。ペペおじさんはこの休憩中に、一家に居候しているディエゴ(ナイフ投げ曲芸師。24歳)に金貨(前回の公演(於モンマルトル)の分け前である)を与えようとした(以前、彼らはナイフ投げの芸で息が合わず(ペペおじさんの中空に放り投げたナイフをディエゴが上手に受け取らなかったのだ)少し関係をあやうくしていた。その気まずさを解消するために、給料を今払おうというのである)が、拒否をされてしまって(ディエゴは左手を背中に隠した)面食らってしまった(ペペおじさんのその表情には、嫌悪感と、裏切られた時のような悲哀が満ちている)。「世の中は金で動いている」と信じているペペおじさん(ヒツジの肉が好物だ)は、金貨を握った右手を持て余しながら(うまく手馴付けられると思ったのだが)、ディエゴの拒絶に己の価値観を揺るがされた(金で信頼は買えないのか!)。
 スラリとした体型のディエゴ(菱形模様の服(赤青緑のカラフルな衣装)を着て、首には赤いマフラーを巻いている(巻ききれなかった布は左肩に垂れている))は4年前からメドラノ・サーカス一座に加わり(腹が減って路頭に迷ってた時にサーカスの一座が訪れた。その芸を見たディエゴ(運動神経は良い)は「俺にも出来そうだ」と思い、入団を直訴したのである)、今ではペペおじさん一家(ペペおじさん・マリア(奇術師。25歳。ペペおじさんの後妻)・パブロ・ホセ・サンティッシマ)と行動を共にしている。ディエゴはペペおじさんのお世話になってきて感謝していたが、最近ではその仲を険悪な物にしつつある(以前、彼らはナイフ投げの芸で息が合わなかった(ディエゴが宙で受け取るナイフをペペおじさんが上手に放らなかったのだ)のも象徴的な出来事だ)。それというのも、ディエゴはペペおじさんの一人娘(サンティッシマ(9歳。踊り子)のことである)と人知れず恋仲になっていた(半年前くらいから)からである(現にディエゴはサンティッシマと手をつないでいる(ディエゴの右手とサンティッシマの左手))。それは禁断の恋だった(年齢差的にも、居候先の娘に手を出すという点でも)。他人の目(パブロ・ホセ・マリア)からは、大人のディエゴが子どものサンティッシマの手を何気なく引いているように見えるだろうが(子どもに対する大人の愛情(やさしさに近い情。肉欲的な物ではなく)と映るだろう)、ペペおじさん(実の父親の勘が働いたのだろうか。それとも嫉妬?)は「サンティッシマから手を離さないか」と警告してきた。しかしディエゴは左手を後ろ手に回し(軍隊の命令「休め」に従うような姿勢になって)、広々とした大草原を眺めてペペおじさんの警告を無視した(ペペおじさんとディエゴの関係はますます悪化して行くばかり)。ディエゴはサンティッシマとの間柄を本物の恋愛だと信じている(「弟分のパブロなら、俺のこの恋愛を理解してくれるだろう」と考えながら)。
 坊主頭のパブロ(左手に樽(ブドウの絞り汁で満たされている)を担いでいる(この樽は玉乗り芸の練習にも使える))は、同じく坊主頭の弟(ホセ)と一緒に立っていた。大人たち(ペペおじさんとディエゴ)の話し合いが終わるのを待っている(だだっ広い荒野に迷い、次の行き先を決め兼ねているのだ)。ペペおじさんは北(それが北かどうかはパブロにはわからない。だが、太陽の位置からしてなんとなく北だと思えたのだ)を向き、ディエゴは西を見ている。二人の意見は平行線をたどる。早く(肩甲骨に樽がズッシリと食い込むから)決めて欲しいとパブロは思った。イライラするパブロは、マリア(一団から一際離れた場所で優雅に座っている)の後ろ姿を睨んだ。パブロには、ペペおじさんとディエゴの論議が煮詰まらない(仲が悪くてお互いに譲らない)のはマリアのせいに思えた(マリアはペペおじさんの妻でありながらディエゴと関係を持っている)。「おまえをお母さんとは呼ばない。決して」パブロは右手を胸に当てながら神に誓いを立てた。「俺がこの世で唯一信じている物、それは血を分けた肉親だけだ。すなわち、父ちゃん・ホセ・サンティッシマ…」
 サンティッシマ(バレエシューズを履き、傘の開いたスカート(ピンク色)から白いタイツ(健康的な肉付きをした脚である)を地面に突き下ろしている。左手はディエゴ(伸長170cm)に委ね、右手は花カゴ(地面に置かれている)の取っ手(蔓状)の上に軽く添えている。髪には赤いバラが一輪指してある)は苦しんでいた。ペペおじさんと恋人との間で不穏な空気が張り詰めているのは、9歳のサンティッシマには重すぎた。今夜はペペおじさん(実の父親)の相手をしなければいけない日(月水金がその日)だが、ディエゴはサンティッシマの手を離そうとしない。今もこの左手を握るディエゴの右手は汗ばんで粘着物質のようにぬめり、野獣のように野蛮な筋肉の動きを伝えてくる。サンティッシマは俯き加減になりながら、次兄のホセに助けを求めた(目の動き・色で)。だが、ホセはそっぽを向き(遠くに光る海を眺めている)、残酷にサンティッシマを見捨てた。誰からも救われないサンティッシマ(「そろそろおトイレに行きたいから手を離してほしいな」と思ってマゴマゴしている)。
 ホセは水色の衣装を着流しに羽織り(連続後方宙返りをする時にこの衣装がはためき、観客の目を喜ばせる)、肩には赤いスカーフ(彼のお気に入り)をかけ、右手はスカーフの裾を掴んでいる。不敵な笑みを浮かべるホセの顔は、長兄のパブロと同一方向に向けられている(陽光に照らされる海の輝きがきれいだ)。幼くして冷徹な視点を持ったホセ(利発な子どもである)は、人生の暗澹(サンティッシマの俯き)や人間関係の脆弱姓(ホセ自身の家族が絆を崩壊させている事)を鋭く嗅ぎ取っている。「自分には一般人にない怜悧な視座が存在する」と自覚しているホセは、将来は人間観察の仕事(それは創作家であったり大学教授だったり)に就こうと、10歳にして既に人生のプランを練っている(海を見つめながら)。ホセにとってこのサルタンバンク(旅芸人)の一家は研究対象(情のある付き合いをすべき対象ではない)であり、視線を交える必要のない(また、対話すべき必要のない)下らない集合だった。目下の興味は海であり、海から生まれ出てきた生命であり、人類誕生の哲学的意義である。家族間のいざこざなど、たいして面白い物ではなかった(つまらなくもなかったが)。とげとげしい各個の孤独をよそに、ホセは一人カヤの外に独立し、マリア(彼女も、海に心奪われているのだろう)も見つめる海を眺めていた(だが、マリアはホセのように崇高な理念を有して風景を観賞しているとは思えないが)。
 5人(ペペおじさん・ディエゴ・パブロ・ホセ・サンティッシマ)から遠ざかって座っているマリア(質素な上着に朱色のスカート、花飾りのついた麦わら帽子を着用している)は水差しの壺(赤土色の焼き物)から水を補給しながら休憩している。草原を(滑らかに渡る)海風が心地よい。着物の左肩がはだけそうになる(時折風が強さを増すのである)のを左手で押さえ、実に穏やかな表情で海の白波を見ている。ペペおじさんという夫がありながら毎晩ディエゴに迫られ、その場面をパブロ(多感な年頃)に覗き見され(テントの中を舐めるように窺うパブロの目がテントの布の隙間から毎晩光っているのだ)、そうした愛欲に溺れる日々がマリア(厳しい旅生活の渦中にある彼女)に平安を与えているのだ。「旦那(ペペおじさん)と愛人(ディエゴ)は、まーたアタシ(マリア)の事でケンカしてる。パブロは黒パンツを膨らませている。かわいげのないサンティッシマは、突然始まったケンカに驚いて声を出せずにいる。ホセはどうしたら良いかわからなくてオドオドとおののいている。ホント、アタシの魅力ってば魔性よね」サーカス小屋ではハトを自在に操る(空っぽのはずの箱からハトを取り出したり、文字を描くようにハトの群れを飛翔させる)奇術を披露するが、サーカス小屋の外では男どもを自由に取り扱う。「ヒマつぶしに家族(ペペおじさん・ディエゴ・パブロ・ホセ・サンティッシマ)を困らせてやったが、まんまとうまくいった」とマリアは天使の慈愛で以てほくそ笑んだ。
 旅芸人の家族(6人)は野原で休憩していた(次の興行先へ移動している最中だったのだ)。広がる青空と樹木一株も立ってない草原。

29.睡眠装置としての小説

 この小説は、ある一人の女が涙を流れる滝の様に流したのは、肩が凝り固まり、双肩に双肩を担いでいる様に重く、重さに屈服すれば次第に身体が沈んでいくのが自然であるから机に伏し、眠りに落ちる感覚を伴ないながら、眠い、睡魔は万人に襲い、天才にも例外ではなく、ボナパルトも、野口も、一日の八分の一は寝ているし、私は天才と云っても、眠くなるのはこれが為であり、眠くならないのはただ、一遍上人の様な、変人ばかりであり、私は変人と云っても、彼程仏に近くはなく、睡魔に刃向かうのは、つまり、神への反逆であるから、私は神に服従する事にして、眠りに落ちると云う事を考えて、彼女は眠るのであるが、夢の中では羊が一匹羊が二匹と草原に飛び出して来なくはないのだが羊は小屋の高い木で出来た柵の上の空間からのジャンプで出て来るので最初の羊は一匹と数えたが二匹目の羊は二匹と数えられそれが今は五番目の羊が七番目の羊を噛じると八番目の羊が飛び出す場面まで進んでいるから羊は全部で三十六匹居るのだろうが沢山の羊に溢れた赤い、高い草原に聳える柵の根本の土は青く変色した黄色の様に緑っぽくなる様な景色が拡がっていたが、やがてさすらいの侍桜井がヴェガスで手堅く描く賭博ドリームの場面に切り替わりルーレット振るえと願うも負け分増えると給料飛んだ狂えるCluerワールド止まらない震え奮え勇気をトンだ有給休暇ワーストトリップさ、と叫ぶ同僚から同情援助無し炎上火事のカジノのその外では朝暗い町で浅黒いグロいナオンが待つテラス照らすネオンがオン、小説の主人公たる彼女ではない作中作の彼女詰まるところグロいナオンが言うことには「オマエドウオトシマエツケルツモリケツゲヤロウ、ドウシテヤロウ!」と女帝がご丁寧ニポン語でボケ呼ばわりオマワリ来ぬ絶望的情景にポン刀要請、「オマエノイチバンダイジナモノイノチ?ソレトモバンダイバンザイ?ハカイシテハカイシニ!」と言われた桜井の博愛は祖国で待つ妻暑さデカイ夏さ出会いは誰にも傷つけられたくない蹴られたくない愛しのラヴ舞であったので女が言うには「オマエノオンナナカシマストオマエヲカナシマセルコトデキルカ」とのことであったが、だが舞はジパングでフジ山トタケルに護られ待機、ジーパングロテスク魔王ラレ大使猛るゆえに「ユーのワイフここにいないから殺せナイフ、でもここから遠隔的にエンガチョ泣かせればユーも悲死む」とて女帝の脳天に豆電球、ゴールデンアイディア相手はファッキューで「オマエノオンナのイチバンダイジナモノ、クッテヤル!プンプン!ノドノドノブブン、カムカナムカムカ!」ってなわけであぐらに構える桜井噛まれる身ぐるみ剥がされ女帝に犯され重ね重ねバカねという変な夢を見ていたら大きい教師の怒ったコラと云うダミ声で彼女は眼を覚まし、それから民俗の、その一般的定義は民族と異なって人々が生活する様式や習慣はどう変遷していったかを研究するのは意義の有る事であるがそれは人々が人々を人々と比較して人々とは何かを人々に教えるからであり、大凡自国の生活文化を研究する学問であると答えれば良い問いを間違えてしまった事で、民俗学の教授から大目玉と例えられる目をひんむいたお叱りを受けた事によって卒業までに必要なこの自国の生活文化を研究する学問であると定義されるべきであった民俗学の単位を落としたのが理由であった、と云う事に就いて書かれている。それをあなたは読み切った。おめでとう。

30.『小松軍曹と佐藤兵長』他一篇

 あわれな市尾伍長のことを誰か覚えていますか。文学を憎む上官に刃向かい、「ペンは剣よりも強し」と主張しながら非業の自死を遂げた、あの兵士のことを。横暴な小松軍曹に封殺されたも同然のあの才能を。
 今度は、わたくしの番です。
 ある日の午後、わたくしは軍曹の宿舎に呼び出され、嫌味たっぷりに、こう告げられました。
「この戦時下に、文学などという、たわけた遊びに興ずる不埒者め。貴様のような青ビョウタンは実戦に突入しても大して役には立たん。今のうちに、ちょっとは隊に貢献してみろ。」
 嫌な予感がします。わたくしの苦手とする肉体労働や苛酷な土木作業に従事させられるのではないでしょうか。いずれにせよ、いかなる命令であっても、断る事はできないので了承する他ありません。
 軍曹はゆっくりと息を吸ってから語を継ぎました。
「佐藤兵長、ここに命ずる。味方の士気を鼓舞する文章を作成せよ。」
 それは、わたくしにとって、意外な命令でした。確かに、その方面ならば軍にとって利益となるような仕事が出来るかも知れません。「はっ。承知いたしました。」わたくしは晴れやかな顔で敬礼しました。
 ただし、小松軍曹は文学を憎んでいます。文章の美を全く理解しない男です。ですから、読ませるとすればなるべく平明なわかりやすい文章にしなければなりません。バカでもチ×ンでも読めるような、易しい文章を書かなければいけません。兵士の勇猛心を刺激するには難しい漢字の多用が一番なのですが、今回は見合わせねばならないようです。これは大変そうです。腕の見せ所ですぞ。
 わたくしが胸のうちで不快ではない煩悶をしていますと、軍曹が続けて問いを発しました。
「貴様の筆は、一日にどれくらいの文章を書くことができるのだ?」
「はっ。」わたくしは多少得意げに胸を反らせて答えました。「ラドクリフ一等財務次官が拙宅に泊まった際の記録──あれを執筆した時は、奔馬蒼天を駆けるという勢いでして、たしか一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」
「そうか。それは枚数にすると何枚分だ?」
「四百字詰め原稿用紙のマス目を改行なしでギッシリ埋めるとすれば、二十五枚の文量となるはずです。」
「よし。」驚愕すべき、小松軍曹の次なる発語。「明日のこの時刻までに五十枚以上の文章を書いてこい。」
 わたくしは少時あっけにとられたのち、思わず聞き返しました。
「おそれながら、聞きまちがえたかも知れませんので、もう一度おっしゃっていただけますか。」
 軍曹はうるさそうに、そして、事も無げに繰り返して下さいました。ごていねいに、ゆっくりと、聞きまちがえないように。
「貴様の耳はなんと遠いのだ。隊の戦意を高揚させる文章を、二十四時間以内に、原稿用紙五十枚以上で、提出せよ、こう言ったのだ。」
 わが耳を疑いました。とてもではありませんが、五十枚などという文量は一日では書けません。三十日換算にすれば月産千五百枚。寸暇を惜しんで机に向かう流行作家でさえ月産五百枚程度が限度です。千五百枚と言えば、その三倍の仕事ではありませんか。無理です。絶対に無理です。
「お言葉ではありますが、その文量は、ひとりの人間が一日に成せる仕事の許容量を、大きく大きく逸脱しております。せめて、せめて一週間いただければ…」
 すがるような気持ちで猶予の延長を懇願しました。しかし小松軍曹は、まゆ毛・眉間・皇帝髭・唇をそれぞれ山なりにゆがめ、憎々しげに言い捨てました。
「たわけめ。わけのわからぬ用語を並べおって。」
 しくじりました。「許容量」「逸脱」という語は、小松軍曹にとってはあまりに高度な単語だったのです。もっとわかりやすく、幼児に言って聞かせるような、簡単な言葉で説明しなければ通じません。
 わたくしは頭の中での言い換えに苦労し、口ごもりました。その様子を見て、軍曹は泰然たる面持ちを取り戻し、冷たく突き放しました。
「良いな。五十枚だぞ。一時間に三枚書けば良いではないか。簡単な作業だ。」
 なんという不運。小松軍曹が文系の人間でない事は明々白々の事実でしたが、かと言って理数系でもないとは。まさか単純な計算もロクに出来ないとは。敵は手強い。根っからの体育会系です。
 軍曹は行李から原稿用紙のたばを取り出し、わたくしの胸に放りました。
「もし、書けなければ──」まさか、降格処分でしょうか。それとも営倉入りでしょうか。「──市尾と同じ運命をたどってもらう。」自決ですか!「しっかりやれ。以上だ。」悪い冗談ではないのですか!
 一方的に命令遂行を告げた軍曹は、立ち尽くすわたくしをその場に残し、意気揚々と部屋を出て行きました。
 わたくしはしばらく茫然と立ち尽くしました。頭の中が混乱し、動く事ができません。
 ようやく動けるようになったのは、足下から徐々に込み上げて来る恐怖感に突き動かされてからの事です。わたくしは原稿用紙のたばを胸に抱きしめ、顔を紙のような色にし、急いで自分のテントに戻りました。
 背嚢から万年筆を取り出し、粗末な机の前にドサリと座りました。何を書けというのか。「一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」胸を張って答えた自分のこの愚かさ。それは書くという行為が楽しくて仕方がなかったからこそ成し遂げられたのであり、気の進まぬ戦争賛美などを無理に書けと強制されるのとは、まるっきり条件が違ってきます。それに、このような野営地のさなか、劣悪な環境下で落ち着いて文章など書けるものではありません。あの畏怖すべき天才・市尾伍長でさえ、一週間かけて一枚の文書を書いただけです。小手先だけの技術を弄し、奇抜な文体実験ばかりを繰り返す、文才に乏しいわたくしには、とても……。
 何の腹案も浮かばぬまま、とりあえず何か勇ましい文を書きつけてみました。
行矣いけ縱軍の兵士、吾人今や諸君の行をとゞ むるに由なし」
 これはだめです。剽窃です。幸徳秋水が書いた文章です。しかも悪いことには、この梨の品種に似た名の男は反戦の立場です。それより何より言葉がむずかしいです。格調の高い文章はあの軍曹には通用しません。
 わたくしは今書いたばかりの文章の上に未練なく棒線を引き、そのまま頭を抱えてしまいました。ああ、本当に、わたくしはどうすればよいのでしょうか。
 そこから先は、もう、よく覚えておりません。やがて陽が落ち、簡易ランプの薄明の下で、一心に万年筆を動かしていた記憶が朧気にあるまでです。
「…藤兵……藤兵長…」
 どれくらいの時間が経ったのでしょうか。自分が何をしたのか、よく覚えておりません。やっと我に返ると、わたくしはテントの中に倒れ伏していました。腕が痺れています。テントの外はすでに明るく、そして、ああ、入り口から中を覗き込んでいるのは小松軍曹の側近。
「佐藤兵長!佐藤兵長!作品を携えて外に出よ!」
 規定枚数に達しているのかいないのか、それもわからぬままの原稿を手に、のそのそとテントから這い出しました。軍曹はわたくしに何かしゃべらせる暇も与えず、『行軍記』と題されたそれを引ったくると、パラパラとめくり始めました。
 わたくしの生死の決まる、審判の時間でした。
「うーん。」
 軍曹はほとんど黙ったままで原稿に目を通していましたが、時おり意味ありげに低くうなります。失望なのか感嘆なのかハッキリとしない「うーん」が差し挟まれるたびに、わたくしの心臓はキュッと萎縮しました。
 それにしても、ものすごい勢いで紙をめくっています。本当に読んでいるのでしょうか。読めない漢字ばかりなので飛ばしているのではないでしょうか。わたくしは大変な不安を感じました。よもや白紙なのでは。自分の行動をよく覚えていないので、その可能性も否定できません。
 やがて軍曹は、「確かに五十枚以上あるな。数えてみると──全部で七十五枚か」と苦々しそうにつぶやきました。
 ああ、飛躍するわたくしの筆力! 不可能を可能にした死に物狂いの奇跡! 人間、死ぬ気になれば自分の力量以上の仕事が成せるものなのです。わたくしはそれだけで、感動のあまり泣き崩れそうになりました。──しかし感動はそれだけにとどまりませんでした。
 続いて軍曹は、深いためいきをついてから、肝心の判決を下しました。それは、なんと祝福に満ちあふれたことばだった事でしょう。こうおっしゃったのです!
「よく書けているではないか。血沸き肉踊るような興奮を感じたぞ。これが文学というものか。」
 わたくしは涙を禁じ得ませんでした。我知らずブワッと噴きこぼれる歓喜の涙を。
「文学っていうものを、ちょっとは見直してやろう。」
 原稿をカバンに収め、照れくさそうに去って行く軍曹の姿を、わたくしは、その背中が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも、満身の感謝と共に、見送るのでした。
 ──小松軍曹と市尾伍長の物語は、文学の敗北を宣言したものでした。文章の弱点をさらけ出し、文章芸術の限界に絶望する物語でした。一方、小松軍曹とわたくしの物語は全くの正反対でした。文学はすばらしい! あの軍曹をも感動させる力があるのです。万人を感動させる力が! わたくしはここに、文学の凱歌を奏します。
 今までのわたくしは、半ば文学を冒涜していました。文学に対するわたくしの愛は、情熱的な市尾伍長のそれとは異なり、著しく欠如していました。純粋な文学を馬鹿にするような言動を繰り返し、正当な文学形式を破壊するような行為を繰り返してきたのです。深く悔い、強く反省せねばなりません。そんなわたくしが、死地に立たされたことによって、ついにこの国の文学に恩返しする機会に恵まれたのは、皮肉な運命と言えましょうか。文学の神は、誠に寛大でございます。
 『行軍記』は間違いなくわたくしの最高傑作となるでしょう。一昼夜にして七十枚の原稿用紙に結実した奇跡の作。この作品は、わたくしの誇りです。

『小松軍曹と佐藤兵長』おわり

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