8.パパと結婚するんだよね?

「ミムちゃんは、大きくなったら何になりたいのかな。お嫁さん。そう、お嫁さんか、無邪気でいいね。あのね、ミムはね、大きくなったらね、あのね、パパのお嫁さんになるの。そう、パパのお嫁さんになってくれるのかい。そう、パパと結婚するの。うれしいなあ。パパとね、結婚して、ウエイングドレスを着るの。はははははウェディングドレスかい、きっときれいだろうなあ。ミム、パパのことが大好き。ありがとう、パパもミムのことが大好きだよ、ほら、キスして。うん。おくちにも、ほら。うん。ミムちゃんは、本当にお嫁さんになりたいかい。うん。絶対に、パパと結婚したいかい。うん、そうだよ。どんなことがあっても、そう? うん。じゃあ、あと十年したら、結婚しよう。 。どうしたの、いやなのかい。今。え。今。今? お嫁さんになりたい。今お嫁さんになりたいの、そうか。うん。でも、ミムちゃんはまだ子どもだからダメだよ。えー。いいかい、十年経って、ミムちゃんが十六歳の誕生日をむかえたら、そしたら結婚しよう。ミムそんなに待てない、十年したらおばさんだよ。ハハハませたクチを聞くね、だいじょうぶ、ミムちゃんがおばさんになってもパパはミムちゃんのことが大好きだよ。ほんとうにー。本当だよ、ミムちゃんも、パパをいつまでも好きでいてくれるかい。うん。約束だよ。やくそく。じゃあ、指切りげんまんしよう、ゆーびきーりーげーんまん、うそついたらハリセンボン飲ーます、ゆーび切った、さ、これで約束だからね、ちなみにこれ、録音してるから。ろくおん? そう、録音、動かぬ証拠ってやつだよ、もしもミムちゃんが途中でイヤになっても、もう、未来は動かすことができないんだ。ん。ミムちゃんはまだちっちゃいからよくわからないかも知れないけど、契約を破棄されないように証拠を掴んでおく必要があるんだ、わかるね。よくわかんない。そうかもね、でも、これでもう、パパとミムちゃんが結ばれることは保証されたわけで、もし万が一ミムちゃんが他の男を好きになっても絶対にパパと結婚しなきゃいけないんだよ、ミムちゃん、パパと結婚したいんでしょ。うん。パパのお嫁さんになりたいんだよね。うんそうだよ。絶対だね。そうだってば、なんで何度も聴くの。後悔しないでね、ふふ。こうかい? あとになって、あんなことやめておけばよかった、やらなきゃよかったって思うことだよ。ふうん。パパ以外の男を好きになるのは許さないからね、ミムちゃんはパパが世界で一番好きだろ。ミム、パパが一番好きだよ。いい子だ、よしよし、ほら、おくちにキスして、よしよし、ミムちゃんは本当にかわいいね、ずっと一緒だよ、後悔したってもう遅いからね、録音したからね、念のためもう一度聞くよ、ミムちゃんは、十六歳の誕生日に、パパと結婚します、返事は。うん。よし、もしもそれを拒絶するようなことがあったら、何をされても文句は言えません、返事は。うん? うんて言ったね、うんて言った。うん…。よしよし、録音したからね。」
 観夢。十六歳の誕生日おめでとう。このテープ、覚えてるかな。観夢とパパは、今でも血のつながった親子だけど、法律的にはもう親子じゃないから、結婚することができる。観夢はパパのお嫁さんになるんだろ。夢をかなえてあげるよ。結婚しよう。
 怖がることはないよ。観夢はパパが世界で一番好きなんだろ。観夢はパパが大好きなんだろ。パパも観夢が大好きだよ。大好き同士なんだから、もっと言えば愛し合ってるんだからさ、きっとうまくいくよ。うまくいかないはずがないよ。大好きだよ、観夢。観夢もパパが大好きだね。じゃあ問題ないね。愛し合ってるふたりが結婚するのは当然だもんね。心配することは何もないよ。何もないじゃないか。ふふ。どうしたの。怖がることはないったら。何も。何も怖くない。パパ、絶対に観夢を幸せにしてみせる。観夢もパパを幸せにしてよ。ね。いいかい。すてきなパートナーシップの始まりだよ。パパ、今までとっても不幸せだったんだ。さびしかったんだよ。さびしいんだ…。観夢、パパを幸せにしてよ。幸せにしてよ!
 今日はおまえの十六歳の誕生日。この日をどんなに待ち望んだことか。待ち侘びたよ。この十年間、おまえは知らないだろうけど、パパ大変だったんだぞ。おまえに悪い虫がつかないかどうか必死に見張ってたんだ。雨の日も風の日も、雪の日も。ずっとおまえの後ろ姿を見守っていた。その苦労も、すべて今日のためだと思えば、わけはない。お礼を言う必要はないよ。いいっての。そんな照れなくていいっての。だって、観夢とパパは恋人同士だろ。このくらい当たり前だって。しかしなあ、おまえ、中学の時、おまえがおかしな男になびいた時はパパびっくりしたぞ。ひやひやした。正直嫉妬したよ。いいいい何も言うな何も言うな。たぶらかされたんだよな。一時の気の迷いだったんだよな。別に本気で好きになったわけじゃないもんな。観夢が好きになる男はこの世でパパ一人だけだもんな。わかってるよ。わかってるわかってる。何も言わなくていいよ。あいつと観夢を引き離すのはそりゃあ大変だった。観夢も完全にあいつにだまされてたからなあ。でも、安心して。あいつは、悪魔はもういないんだ。パパが退治してあげたんだよ。安心して。とっても大変だったけどね。感謝してほしいなあ。でも、しなくていいからね。当然のことをしたまでだから。だってパパには観夢を一生守る義務があるんだからさ。観夢はパパのお嫁さんなんだからさ。
 喜んで。パパは観夢をずうっと離さないよ。離さない。決してね。観夢もパパから離れちゃダメだよ。ね。わかってるよね。もし逃げようとしたら…まあ、逃げるわけないだろうけど。だって観夢はパパと結婚するって誓ってたもんね。絶対に約束を守るって言ってたもんね。証拠もあるもんね。ね。でもまあ、万が一にでも逃げようとしたら、わかってるね。中学の時のあのおかしな男と今さら一緒になりたくないだろ。な。あの糞野郎と。文句は言えないよ。だって、十年前にほら、もう一度テープを聞いて、こうしてしっかり約束してるんだからさ。確認しておくよ。拒否したりしたら、わかってるよね。いい子だ。