6.瓦斯事件

 緒実充三は名探偵気取りの見習いコックである。蟻に似た顔の彼は、甘ったるい物に目が無い。
 ある晴れた秋の日だった。近所の喫茶店へ出かけた彼は、激甘お汁粉を飲んでご機嫌だった。そんな時、その事件は起きたのである。
 のんびり過ごしていると、数人の客が騒ぎ始めた。喫茶店のどこかで異臭が発生、店内全域に毒ガスが蔓延しはじめているという。程無く、鼻孔を刺激する臭いが緒実にも認知された。
 客は互いに不審がるように成った。何て悲しい事だ!疑心暗鬼の状態の儘では誰も楽しく食事をする事が出来ない!
 探偵魂に着火して来た緒実は、客達に当たり前な事(「犯人はこの中に必ずいる」)を宣言し、推理した。
 容疑者は七人。
 眼鏡をかけたビジネスマンが第一容疑者だ。事件直前、彼は咳払いをした。風邪を引いているのか、消音の為か。
 次に、裕福な外国人。店の中央席で新聞を見ていたから、犯人なら臭いは広範囲に届く。
 窓際の女は「私が犯人の訳ないでしょ!全く、失礼な人ね!貴方だって私から言わせれば怪しいわ」と、全面的に犯行への関与を否定した。だが事件直前、表通りの景色を眺めようと、さりげなく尻を上げた。
 熱々な男女も怪しい。なぜなら、いも料理を摂取していたからだ。
 ボーイも容疑者だ。彼だけは店内を歩き回っているので、毒ガス散布が容易なのである。
 一番怪しいのはブ男だった。カッコがみすぼらしくて、客達全員から疑惑の視線、無言の非難を受けていた。
 それに気付いた緒実は、ブ男の弁護を始めた。
「君達、他人を外見だけで決めるな。時間をくれ。真犯人は、必ずこの俺が突き止める!」
 推理途中、緒実は激甘お汁粉のあの味が恋しくなった。甘い菓子を摂取する事で緒実の脳髄は或る部分を覚醒させ、強くなるのだ。糖分が多ければ多い程、緒実の推理能力はその強度を増す!
 緒実は静かに皆へ語り始めた。
「わからん。知るは神のみ。神に頼るしか、もう方法が無い。」
 皆は「彼の脳は推理しすぎで壊れたのであろう」と思った。しかしあなた方(読者)は知っている、彼が名探偵だという事を。
 名探偵気取りは続ける。
「犯行は残虐且つ非道、普通の人間には不可能な行為だ。神はこう宣われている。緒実よ、この小説の十三文字目をいやでも根気よく順に拾っていってみろ。答えが出る」
 緒実ぱ『瓦斯事件』なる小説を取り出し、砂糖を舐めながら読み始めた。容疑者は皆彼のする奇行を静かに見守った。
 ぼろぼろのむし歯に成りながら、元来は弱い筈の頭を酷使しながら、緒実は言葉共と戦い、真実を探求した。なんて男だ!かっけー!(文字稼ぎだ)
 彼は「神よ。句読点やかっこも、一文字に含むのでしたね」等と時折呟きつつ、その小説を読み終わった。
 読んでから「わかったぞ!貴様だあ」と叫んで、犯人を捕まえると、彼はそのまま絶命した。チーン。犯人は誰でしょ?

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