30.『小松軍曹と佐藤兵長』他一篇

 あわれな市尾伍長のことを誰か覚えていますか。文学を憎む上官に刃向かい、「ペンは剣よりも強し」と主張しながら非業の自死を遂げた、あの兵士のことを。横暴な小松軍曹に封殺されたも同然のあの才能を。
 今度は、わたくしの番です。
 ある日の午後、わたくしは軍曹の宿舎に呼び出され、嫌味たっぷりに、こう告げられました。
「この戦時下に、文学などという、たわけた遊びに興ずる不埒者め。貴様のような青ビョウタンは実戦に突入しても大して役には立たん。今のうちに、ちょっとは隊に貢献してみろ。」
 嫌な予感がします。わたくしの苦手とする肉体労働や苛酷な土木作業に従事させられるのではないでしょうか。いずれにせよ、いかなる命令であっても、断る事はできないので了承する他ありません。
 軍曹はゆっくりと息を吸ってから語を継ぎました。
「佐藤兵長、ここに命ずる。味方の士気を鼓舞する文章を作成せよ。」
 それは、わたくしにとって、意外な命令でした。確かに、その方面ならば軍にとって利益となるような仕事が出来るかも知れません。「はっ。承知いたしました。」わたくしは晴れやかな顔で敬礼しました。
 ただし、小松軍曹は文学を憎んでいます。文章の美を全く理解しない男です。ですから、読ませるとすればなるべく平明なわかりやすい文章にしなければなりません。バカでもチ×ンでも読めるような、易しい文章を書かなければいけません。兵士の勇猛心を刺激するには難しい漢字の多用が一番なのですが、今回は見合わせねばならないようです。これは大変そうです。腕の見せ所ですぞ。
 わたくしが胸のうちで不快ではない煩悶をしていますと、軍曹が続けて問いを発しました。
「貴様の筆は、一日にどれくらいの文章を書くことができるのだ?」
「はっ。」わたくしは多少得意げに胸を反らせて答えました。「ラドクリフ一等財務次官が拙宅に泊まった際の記録──あれを執筆した時は、奔馬蒼天を駆けるという勢いでして、たしか一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」
「そうか。それは枚数にすると何枚分だ?」
「四百字詰め原稿用紙のマス目を改行なしでギッシリ埋めるとすれば、二十五枚の文量となるはずです。」
「よし。」驚愕すべき、小松軍曹の次なる発語。「明日のこの時刻までに五十枚以上の文章を書いてこい。」
 わたくしは少時あっけにとられたのち、思わず聞き返しました。
「おそれながら、聞きまちがえたかも知れませんので、もう一度おっしゃっていただけますか。」
 軍曹はうるさそうに、そして、事も無げに繰り返して下さいました。ごていねいに、ゆっくりと、聞きまちがえないように。
「貴様の耳はなんと遠いのだ。隊の戦意を高揚させる文章を、二十四時間以内に、原稿用紙五十枚以上で、提出せよ、こう言ったのだ。」
 わが耳を疑いました。とてもではありませんが、五十枚などという文量は一日では書けません。三十日換算にすれば月産千五百枚。寸暇を惜しんで机に向かう流行作家でさえ月産五百枚程度が限度です。千五百枚と言えば、その三倍の仕事ではありませんか。無理です。絶対に無理です。
「お言葉ではありますが、その文量は、ひとりの人間が一日に成せる仕事の許容量を、大きく大きく逸脱しております。せめて、せめて一週間いただければ…」
 すがるような気持ちで猶予の延長を懇願しました。しかし小松軍曹は、まゆ毛・眉間・皇帝髭・唇をそれぞれ山なりにゆがめ、憎々しげに言い捨てました。
「たわけめ。わけのわからぬ用語を並べおって。」
 しくじりました。「許容量」「逸脱」という語は、小松軍曹にとってはあまりに高度な単語だったのです。もっとわかりやすく、幼児に言って聞かせるような、簡単な言葉で説明しなければ通じません。
 わたくしは頭の中での言い換えに苦労し、口ごもりました。その様子を見て、軍曹は泰然たる面持ちを取り戻し、冷たく突き放しました。
「良いな。五十枚だぞ。一時間に三枚書けば良いではないか。簡単な作業だ。」
 なんという不運。小松軍曹が文系の人間でない事は明々白々の事実でしたが、かと言って理数系でもないとは。まさか単純な計算もロクに出来ないとは。敵は手強い。根っからの体育会系です。
 軍曹は行李から原稿用紙のたばを取り出し、わたくしの胸に放りました。
「もし、書けなければ──」まさか、降格処分でしょうか。それとも営倉入りでしょうか。「──市尾と同じ運命をたどってもらう。」自決ですか!「しっかりやれ。以上だ。」悪い冗談ではないのですか!
 一方的に命令遂行を告げた軍曹は、立ち尽くすわたくしをその場に残し、意気揚々と部屋を出て行きました。
 わたくしはしばらく茫然と立ち尽くしました。頭の中が混乱し、動く事ができません。
 ようやく動けるようになったのは、足下から徐々に込み上げて来る恐怖感に突き動かされてからの事です。わたくしは原稿用紙のたばを胸に抱きしめ、顔を紙のような色にし、急いで自分のテントに戻りました。
 背嚢から万年筆を取り出し、粗末な机の前にドサリと座りました。何を書けというのか。「一日で一万に及ぶ文字を連ねたと記憶しております。」胸を張って答えた自分のこの愚かさ。それは書くという行為が楽しくて仕方がなかったからこそ成し遂げられたのであり、気の進まぬ戦争賛美などを無理に書けと強制されるのとは、まるっきり条件が違ってきます。それに、このような野営地のさなか、劣悪な環境下で落ち着いて文章など書けるものではありません。あの畏怖すべき天才・市尾伍長でさえ、一週間かけて一枚の文書を書いただけです。小手先だけの技術を弄し、奇抜な文体実験ばかりを繰り返す、文才に乏しいわたくしには、とても……。
 何の腹案も浮かばぬまま、とりあえず何か勇ましい文を書きつけてみました。
行矣いけ縱軍の兵士、吾人今や諸君の行をとゞ むるに由なし」
 これはだめです。剽窃です。幸徳秋水が書いた文章です。しかも悪いことには、この梨の品種に似た名の男は反戦の立場です。それより何より言葉がむずかしいです。格調の高い文章はあの軍曹には通用しません。
 わたくしは今書いたばかりの文章の上に未練なく棒線を引き、そのまま頭を抱えてしまいました。ああ、本当に、わたくしはどうすればよいのでしょうか。
 そこから先は、もう、よく覚えておりません。やがて陽が落ち、簡易ランプの薄明の下で、一心に万年筆を動かしていた記憶が朧気にあるまでです。
「…藤兵……藤兵長…」
 どれくらいの時間が経ったのでしょうか。自分が何をしたのか、よく覚えておりません。やっと我に返ると、わたくしはテントの中に倒れ伏していました。腕が痺れています。テントの外はすでに明るく、そして、ああ、入り口から中を覗き込んでいるのは小松軍曹の側近。
「佐藤兵長!佐藤兵長!作品を携えて外に出よ!」
 規定枚数に達しているのかいないのか、それもわからぬままの原稿を手に、のそのそとテントから這い出しました。軍曹はわたくしに何かしゃべらせる暇も与えず、『行軍記』と題されたそれを引ったくると、パラパラとめくり始めました。
 わたくしの生死の決まる、審判の時間でした。
「うーん。」
 軍曹はほとんど黙ったままで原稿に目を通していましたが、時おり意味ありげに低くうなります。失望なのか感嘆なのかハッキリとしない「うーん」が差し挟まれるたびに、わたくしの心臓はキュッと萎縮しました。
 それにしても、ものすごい勢いで紙をめくっています。本当に読んでいるのでしょうか。読めない漢字ばかりなので飛ばしているのではないでしょうか。わたくしは大変な不安を感じました。よもや白紙なのでは。自分の行動をよく覚えていないので、その可能性も否定できません。
 やがて軍曹は、「確かに五十枚以上あるな。数えてみると──全部で七十五枚か」と苦々しそうにつぶやきました。
 ああ、飛躍するわたくしの筆力! 不可能を可能にした死に物狂いの奇跡! 人間、死ぬ気になれば自分の力量以上の仕事が成せるものなのです。わたくしはそれだけで、感動のあまり泣き崩れそうになりました。──しかし感動はそれだけにとどまりませんでした。
 続いて軍曹は、深いためいきをついてから、肝心の判決を下しました。それは、なんと祝福に満ちあふれたことばだった事でしょう。こうおっしゃったのです!
「よく書けているではないか。血沸き肉踊るような興奮を感じたぞ。これが文学というものか。」
 わたくしは涙を禁じ得ませんでした。我知らずブワッと噴きこぼれる歓喜の涙を。
「文学っていうものを、ちょっとは見直してやろう。」
 原稿をカバンに収め、照れくさそうに去って行く軍曹の姿を、わたくしは、その背中が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも、満身の感謝と共に、見送るのでした。
 ──小松軍曹と市尾伍長の物語は、文学の敗北を宣言したものでした。文章の弱点をさらけ出し、文章芸術の限界に絶望する物語でした。一方、小松軍曹とわたくしの物語は全くの正反対でした。文学はすばらしい! あの軍曹をも感動させる力があるのです。万人を感動させる力が! わたくしはここに、文学の凱歌を奏します。
 今までのわたくしは、半ば文学を冒涜していました。文学に対するわたくしの愛は、情熱的な市尾伍長のそれとは異なり、著しく欠如していました。純粋な文学を馬鹿にするような言動を繰り返し、正当な文学形式を破壊するような行為を繰り返してきたのです。深く悔い、強く反省せねばなりません。そんなわたくしが、死地に立たされたことによって、ついにこの国の文学に恩返しする機会に恵まれたのは、皮肉な運命と言えましょうか。文学の神は、誠に寛大でございます。
 『行軍記』は間違いなくわたくしの最高傑作となるでしょう。一昼夜にして七十枚の原稿用紙に結実した奇跡の作。この作品は、わたくしの誇りです。

『小松軍曹と佐藤兵長』おわり

 

『行軍記』


行矣縱軍の兵士、吾人今や諸君の行を止むるに由なし

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
兵隊の点呼を取った。

わかりやすくいえば、
整列(せいれつ)させた部下に、
はしから順番に、
(この「はし」とは、
橋のことではなく、
はじっこのこと)
番号を順番に言わせて、
その人数を確かめようとした。

とても効率の良い、
わかりやすく言えば、
天才な、
考えだ。

「番号!」
「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「6」
「7」
「8」
「9」
「10」
「11」
「12」
「13」
「14」
「15」
「16」
「17」
「18」
「19」
「20」
「…」

なんということだ。
二十一番目の兵士が、
声を出せずに、
つっかえてしまった。

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
その兵士をなぐってから、
「もう一度!」
と言って、
もう一度、
兵隊の点呼を取った。

「番号!」
「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「6」
「7」
「8」
「9」
「10」
「11」
「12」
「13」
「14」
「15」
「16」
「17」
「18」
「19」
「20」
「21」

今度は、
だいじょうぶだった。

「22」
「23」
「24」
「25」
「26」
「27」
「28」
「29」
「30」
「31」
「32」
「33」
「34」
「35」
「36」
「37」
「38」
「39」
「40」
「41」
「42」
「43」
「44」
「45」
「46」
「48」
「49」
「50」
「51」
「52」
「53」
「54」
「55」
「56」
「57」
「58」
「59」
「60」
「61」
「62」
「63」
「64」
「65」
「66」
「67」
「68」
「69」
「70」
「71」
「72」
「73」
「74」
「75」
「76」
「77」
「78」
「79」
「80」
「81」
「82」
「83」
「84」
「85」
「86」
「87」
「88」
「89」
「90」
「91」
「92」
「93」
「94」
「95」
「96」
「97」
「98」
「99」
「100」
「101」

K軍曹の率いる小隊は、
百人きっかりの兵士で、
構成されている。
(わかりやすくいえば、
K軍曹を尊敬(そんけい)している部下が、
百人いる、
ということ)

だから、
百一人というのは、
おかしい。

なぜって、
百一は、
百よりも、
一、
多い数だから、
おかしい。

百人しかいないはずなのに、
百一人もいるというのは、
一人多いということになる。
(これは、
とてもむつかしい問題ですが、
物語を読みすすめると、
どうして一人少ないのか、
だんだんとわかってきます。
だから、
もうすこし、
がまんして、
怒らないで、
先を、
読んでください)

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
ちょっと、
考えた。

もしかしたら、
47を言っていないのではないか、
もしくは、
飛ばしたのではないか、
または、
48番目の兵士が、
47と言ったのではないか、
あるいは、
47が聞こえなかった気がする、
と、
勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
考えた。

たしかに、
それは正しかった。
もう一度、
うしろに戻って、
読んでみるとわかるが、
47のところが、
ない。
ぬけている。

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
耳が良かったし、
頭も良かったので、
なんとなくそれに気づいたが、
兵士たちは、
こうして紙に書いて
しゃべっていたわけではないので、
もう一度、
点呼をすることにした。

「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「6」
「7」
「8」
「9」
「10」
「11」
「12」
「13」
「14」
「15」
「16」
「17」
「18」
「19」
「20」
「21」
「22」
「23」
「24」
「25」
「26」
「27」
「28」
「29」
「30」
「31」
「32」
「33」
「34」
「35」
「36」
「37」
「38」
「39」
「40」
「41」
「42」
「43」
「44」
「45」
「46」
「47」
「48」
「49」
「50」
「51」
「52」
「53」
「54」
「5「5」5」
「56」
「57」
「58」
「59」
「60」
「61」
「62」
「63」
「64」
「65」
「66」
「67」
「68」
「69」
「70」
「71」
「72」
「73」
「74」
「75」
「76」
「77」
「78」
「79」
「80」
「81」
「82」
「83」
「84」
「85」
「86」
「87」
「88」
「89」
「90」
「91」
「92」
「93」
「94」
「95」
「96」
「97」
「98」
「99」

今度は、
九十九人だった。
さっきより、
減った。

K軍曹の率いる小隊は、
百人きっかりの兵士で、
構成されている。
(わかりやすくいえば、
K軍曹を尊敬(そんけい)している部下が、
百人いる、
ということ)

だから、
九十九人しかいないというのは、
おかしい。

なぜって、
九十九は、
百よりも、
一、
少ない数だから、
おかしい。

百人いるはずなのに、
九十九人しかいないというのは、
一人少ないということになる。

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
考えた。

55が、
ちょっと、
声が大きい気がした。

もしかしたら、
ふたりの兵士がいっぺんに、
55と言ったのではないか、
と、
考えた。

たしかに、
それは正しかった。
もう一度、
うしろに戻って、
読んでみるとわかるが、
55のところが、
「5「5」5」
と、
なっている。
これは、
「55」と「55」が、
重なっているのだ。
「5じゅうご」と、
「ゴジュウ5」の、
「ご」と「ゴ」が、
重なっているのだ。
(ちょっと、
むつかしいですが、
わかりますか)

わかりやすくいえば、
一人目の兵士の、
「ごじゅうご!」と、
二人目の兵士の、
「ごじゅうご!」が、
ほとんど同時に、
言われたので、
「ごじゅうごじゅうご!」
と聞こえたのだ。
(重なった部分を
カタカナで表すならば
「ごじゅうゴじゅうご!」
となる)

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
耳が良かったし、
頭も良かったので、
なんとなくそれに気づいたが、
兵士たちは、
こうして紙に書いて
しゃべっていたわけではないので、
もう一度、
点呼をすることにした。

だけど、
日本語で
「いち」
「に」
「さん」
「し」
「ご」
「ろく」
「しち」
「はち」
「きゅう」
「じゅう」
「じゅういち」
「じゅうに」
「じゅうさん」
「じゅうし」
「じゅうご」
「じゅうろく」
「じゅうしち」
「じゅうはち」
「じゅうきゅう」
「にじゅう」
「にじゅういち」
「にじゅうに」
「にじゅうさん」
「にじゅうし」
「にじゅうご」
「にじゅうろく」
「にじゅうしち」
「にじゅうはち」
「にじゅうきゅう」
「さんじゅう」
「さんじゅういち」
「さんじゅうに」
「さんじゅうさん」
「さんじゅうし」
「さんじゅうご」
「さんじゅうろく」
「さんじゅうしち」
「さんじゅうはち」
「さんじゅうきゅう」
「よんじゅう」
「よんじゅういち」
「よんじゅうに」
「よんじゅうさん」
「よんじゅうし」
「よんじゅうご」
「よんじゅうろく」
「よんじゅうしち」
「よんじゅうはち」
「よんじゅうきゅう」
「ごじゅう」
「ごじゅういち」
「ごじゅうに」
「ごじゅうさん」
「ごじゅうし」
「ごじゅうご」
「ごじゅうろく」
「ごじゅうしち」
「ごじゅうはち」
「ごじゅうきゅう」
「ろくじゅう」
「ろくじゅういち」
「ろくじゅうに」
「ろくじゅうさん」
「ろくじゅうし」
「ろくじゅうご」
「ろくじゅうろく」
「ろくじゅうしち」
「ろくじゅうはち」
「ろくじゅうきゅう」
「ななじゅう」
「ななじゅういち」
「ななじゅうに」
「ななじゅうさん」
「ななじゅうし」
「ななじゅうご」
「ななじゅうろく」
「ななじゅうしち」
「ななじゅうはち」
「ななじゅうきゅう」
「はちじゅう」
「はちじゅういち」
「はちじゅうに」
「はちじゅうさん」
「はちじゅうし」
「はちじゅうご」
「はちじゅうろく」
「はちじゅうしち」
「はちじゅうはち」
「はちじゅうきゅう」
「きゅうじゅう」
「きゅうじゅういち」
「きゅうじゅうに」
「きゅうじゅうさん」
「きゅうじゅうし」
「きゅうじゅうご」
「きゅうじゅうろく」
「きゅうじゅうしち」
「きゅうじゅうはち」
「きゅうじゅうきゅう」
「ひゃく」
と言うのは
あきたので、
うんざりだし、
げっそりなので、
もうこりごりだし、
かんべんしてくれ~なので、
今度は英語で
点呼を取ることにした。

「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「6」
「7」
「8」
「9」
「10」
「11」

12番目の兵士は、
12が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
12はTwelve(トゥエルブ)だと教えてやった。
「12」

13番目の兵士は、
13が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
13はThirteen(サーティーン)だと教えてやった。
「13」

14番目の兵士は、
14が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
14はFourteen(フォーティーン)だと教えてやった。
「14」

15番目の兵士は、
15が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
15はFifteen(フィフティーン)だと教えてやった。
「15」

16番目の兵士は、
16が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
16はSixtenn(シックスティーン)だと教えてやった。
「16」

6はシックス、靴下はソックス、×××××××××
××××××××××××(検閲削除)

17番目の兵士は、
17が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
17はSeventenn(セブンティーン)だと教えてやった。
「17」

 それにしても、『小松軍曹と市尾伍長』を書いてだいぶ経ってから、モンティ・パイソンのコント「The Funniest Joke In The World(邦題:恐怖の殺人ジョーク)」に全く同じアイディアが使われているのを発見したときは、さすがにヘコんだよね。しかもむこうは、自分が思い付かなかった「翻訳」というアイディアをも盛り込んでいた。アイディアが重複してしまったうえに、その完成度でも負けたってことだ。これはヘコむよね。
 まあ、「天才集団と思考回路が似ていたラッキー」と思えば、気休めにはなるかな…。(ならねー)

18番目の兵士は、
18が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
18はEighteen(エイティーン)だと教えてやった。
「18」

19番目の兵士は、
19が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
19はNineteen(ナインティーン)だと教えてやった。
「19」

20番目の兵士は、
20が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
20はTwenty(トゥエンティー)だと教えてやった。
「20」

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
20以降の数字は、
Twenty(トゥエンティー)のしりに、
普通の英語をくっつければよいと、
事前に教えた。

つまり、
21なら、トゥエンティーワン、
22なら、トゥエンティートゥー、
23なら、トゥエンティースリー、
と、
いう具合に。

兵士たちは、
みんな、
博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
尊敬した。

×××××××××××××××××
××××××××××××××××××××
××××××××××××(検閲削除)

「21」
「22」
「23」
「24」
「25」
「26」
「27」
「28」
「29」

30番目の兵士は、
30が英語で言えなかった。

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
30はThirty(サーティー)だと教えてやった。
「30」

博覧にして強記なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹は、)
40とか
60とか
70とか
90とかはの数字は、
普通の英語のあとに
ty(ティー)をくっつければよいと、
事前に教えた。

つまり、
40なら、フォーティー、
60なら、シックスティー、
70なら、セブンティー、
と、
いう具合に。

ただ、
50は、フィフティーで、
80は、エイティーで、
普通の英語とちょっとちがうから、
気をつけたい。

××××××××××××××××××××
×××××××××××××
××××××××××××××(検閲削除)

「31」
「32」
「33」
「34」
「35」
「36」
「37」
「38」
「39」
「14」

40番目の兵士は、
フォーティー(40)を、
フォーティーン(14)と、
言ってしまった。

だけど、
これは
よくあるまちがいだ。

だから、
大目に見た。

「41」
「42」
「43」
「44」
「45」
「46」
「47」
「48」
「49」
「50」
「51」
「52」
「53」
「54」
「55」
「56」
「57」
「58」
「59」
「60」
「61」
「62」
「63」
「64」
「65」
「66」
「67」
「68」
「69」
×××××××××××××××
×××××××××××××××××××
××××××××××××××××××
×××××××××××××××××××
××××××××××××
×××××××××××××
××××××
×××××××××××××××××
××××××××××××××(検閲削除)
「70」
「71」
「72」
「73」
「74」
「75」
「76」
「77」
「78」
「79」
「18」
「81」
「82」
「83」
「84」
「85」
「86」
「87」
「88」
「89」
「19」
「91」
「92」
「93」
「94」
「95」
「96」
「97」
「98」
「99」

困った。
ここまで
せっかく
順調だったのに。
最後の最後で、
困った。
100を英語で何というか、
博覧にして強記なるK軍曹でも、
(わかりやすくいえば、
とてもとても頭がよくて何でも知っている軍曹でも、)
さすがに
わからなかった。
だから、点呼ができない。
困った。

点呼の、
やりなおしだ。

もう一度、
点呼をしなければ。

だけど、
もう一度、
点呼をすることにしても、
また同じ失敗が、
おきるかも知れない。

だから、
勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
一番目の兵士に、
百人の兵士たちの
人数をかぞえるように、
威厳に満ちて
(わかりやすくいえば、
かっこよく)
命令した。

命令された兵士は、
他の兵士たちを、
ひとりひとり、
順番にかぞえた。

決してまちがえないように、
指を順番に折って、
かぞえた。

てのひらのゆびを、
順番に、
うちがわに
たたみこんだ。

こうして数えれば、
まちがいはないのだ。

「1」
右手の親指を折った。
「2」
右手の人差し指を折った。
「3」
右手の中指を折った。
「4」
右手の薬指を折った。
「5」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

こうすれば、
片手でも、
10まで
かぞえられるのだ。

「6」
右手の小指を立てた。
「7」
右手の薬指を立てた。
「8」
右手の中指を立てた。
「9」
右手の人差し指を立てた。
「10」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
10かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の親指を折っておく。

こうしておけば、
10かぞえたことを忘れなくてすむので、
安心だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「11」
右手の親指を折った。
「12」
右手の人差し指を折った。
「13」
右手の中指を折った。
中指は××××××××××
×××××××××(検閲削除)
「14」
右手の薬指を折った。
「15」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「16」
右手の小指を立てた。
「17」
右手の薬指を立てた。
「18」
右手の中指を立てた。
「19」
右手の人差し指を立てた。
「20」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
20かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の人差し指を折っておく。

これで20だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「21」
右手の親指を折った。
「22」
右手の人差し指を折った。
「23」
右手の中指を折った。
「24」
右手の薬指を折った。
「25」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「26」
右手の小指を立てた。
「27」
右手の薬指を立てた。
「28」
右手の中指を立てた。
「29」
右手の人差し指を立てた。
「30」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
30かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の中指を折っておく。

これで30だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「31」
右手の親指を折った。
「32」
右手の人差し指を折った。
「33」
右手の中指を折った。
「34」
右手の薬指を折った。
「35」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「36」
右手の小指を立てた。
「37」
右手の薬指を立てた。
「38」
右手の中指を立てた。
「39」
右手の人差し指を立てた。
「40」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
40かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の薬指を折っておく。

これで40だ。

ねむい

おなかすいた

とろろ。
干し柿、モチ。おすし。ブドウ酒、リンゴ。
しそめし、南蛮漬け。ブドウ液。養命酒
おすし。おすし。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「41」
右手の親指を折った。
「42」
右手の人差し指を折った。
「43」
右手の中指を折った。
「44」
右手の薬指を折った。

「45」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

おすし。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「46」
右手の小指を立てた。
「47」
右手の薬指を立てた。
「48」
右手の中指を立てた。
「49」
右手の人差し指を立てた。
「50」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
50かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の小指を折っておく。

これで50だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「51」
右手の親指を折った。
「52」
右手の人差し指を折った。
「53」
右手の中指を折った。
「54」
右手の薬指を折った。
「55」
右手の小指を折った。

これで、
右手は×(検閲削除)ンコ×××(検閲削除)った。

ここからは折り返し地点だ。
とじた×(検閲削除)を、
今度はひらいていく。

「56」
右手の小指を立てた。
「57」
右手の薬指を立てた。
「58」
右手の中指を立てた。
「59」
右手の人差し指を立てた。
「60」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
60かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の小指を立てておく。

そうだ。
そうなのだ。
右手といっしょで、
こうすれば、
片手でも、
10×10、
つまり100まで
かぞえられるのだ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「61」
右手の親指を折った。
「62」
右手の人差し指を折った。
「63」
右手の中指を折った。
「64」
右手の薬指を折った。
「65」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「66」
右手の小指を立てた。
「67」
右手の薬指を立てた。
「68」
右手の中指を立てた。
「69」
×××××××(検閲削除)を立てた。
「70」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
70かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の薬指を立てておく。

これで70だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「71」
右手の親指を折った。
「72」
右手の人差し指を折った。
「73」
右手の中指を折った。
「74」
右手の薬指を折った。
「75」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

しかし、それにしても、
兵隊に号令をかけさせて
原稿枚数を稼ぐというアイディアを
一番最初に考え出した人は誰なのだろう。
筒井康隆清水義範が触れているけど
オリジネーターは彼らではない。
一説によれば、
武者小路實篤が言った冗談だと、
吉行淳之介が言っておる。
それが本当かどうか、
ネットで丹念に検索してみたけど、
結局わからなかった。
バカヤロウ。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「76」
右手の小指を立てた。
「77」
右手の薬指を立てた。
「78」
右手の中指を立てた。
「79」
右手の人差し指を立てた。
「80」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
80かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の中指を立てておく。

これで80だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。

「81」
右手の親指を折った。
「82」
右手の人差し指を折った。
「83」
右手の中指を折った。
「84」
右手の薬指を折った。
「85」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「86」
右手の小指を立てた。
「87」
右手の薬指を立てた。
「88」
右手の中指を立てた。
「89」
右手の人差し指を立てた。
「90」
右手の親指を立てた。

これで、
右手はひらいた状態になった。

また、指を折る作業に戻る。

だけど、
90かぞえたことを忘れるといけないので、
左手の人差し指を立てておく。

これで90だ。

さあ、気を取り直して、
一の位を
かぞえていこう。
ゴールは目の前だ。

「91」
右手の親指を折った。
「92」
右手の人差し指を折った。
「93」
右手の中指を折った。
「94」
右手の薬指を折った。
「95」
右手の小指を折った。

これで、
右手はゲンコツになった。

ここからは折り返し地点だ。
とじた指を、
今度はひらいていく。

「96」
右手の小指を立てた。
「97」
右手の薬指を立てた。
「98」
右手の中指を立てた。
「99」
右手の人差し指を立てた。

数え終わってしまった。

なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。
なんということだろう。

今度も、
やっぱり九十九人だった。

K軍曹の率いる小隊は、
百人きっかりの兵士で、
構成されている。
(わかりやすくいえば、
K軍曹を尊敬(そんけい)している部下が、
百人いる、
ということ)

だから、
九十九人しかいないというのは、
おかしい。

なぜって、
九十九は、
百よりも、
一、
少ない数だから、
おかしい。

百人いるはずなのに、
九十九人しかいないというのは、
一人少ないということになる。

指を折って
かぞえているのだから
まちがっているはずはない。
ぜったいに、
正しい。

勇敢にして雄壮なるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
「かぞえている兵士が、
自分をかぞえなかったから、
99人だったのではないか。
つまり、
100人いるうちの、
そのうちの1人が、
他の99人を
かぞえたから、
99人に
なってしまったのではないか。
どこかの国の昔話と
いっしょだ」
と、考えた。

たしかに、
それは正しかった。

勇かんにして雄そうなるK軍曹は、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいK軍曹は、)
頭も良かったので、
なんとなくそれに気づいたが、
もしかしたら、
兵士の数をかぞえた兵士は、
ちゃんと自分も
人数にふくめたかもしれない。
その可能性は、否定できない。
(わかりやすくいえば、
「そうなのかもしれない」ということ。)

そこで、
勇かんにして勇そうなるK軍そうは、
(わかりやすくいえば、
とてもとても男らしくてかっこいいKぐんそうは、)
死ね。

兵たいの点こをとった。

わかりやすくえば、
せいれつさせたぶ下に、
はしからじゅんばんに、
(この「はし」とは、
はしのことではなく、
はじっこのこと)
おすしがたべたい。

とてもこりつのよい、
わかやすくいえば、