4.我愛爾

(原作:S.Johnson『ALL I NEED』)

発端                                
 火曜日の昼下がり・喫茶店。店内は閑散としている。客の姿は見当たらない、窓際の席で向かい合って談笑するカップルの他は。男はコーヒーを啜ってから、新しい話題を持ち出す。
「──おまえがもっとブスならいいのにな。」
「どうしてあなたはそう言うの?」
「だっておれは心配だよ、おまえがそれだけカワイイとおまえの浮気が。」
「(彼女はやや声を荒くして)浮気!? あなたはわたしがそんなことするとでも思ってるの?」
「(彼は焦りながら)いや、おれはそういうつもりで言ったんじゃなくて、あのさ、悪い虫がおまえに付かないかって。おまえが他の男から狙われるんじゃないかってね。」
「わたしは浮気なんて絶対しない。だってわたしは真剣にウイリアムの事が好きなんだよ? あなたはそれをわかってくれないかな。どうしたらそれはあなたに伝わるかな…」
「わかったわかった。おまえの気持ちはおれに充分伝わってるよ。そして、おれもおまえが大好きだよ。おれはおまえを愛してるよ。」
「あなたはわたしのどこが好き?」
「えっ。(彼は少し考えて)おまえの全部だよ、全部。おれはおまえの存在自体を愛してる。」
「あなたはわたしの顔やわたしの体目当てじゃないの? あなたは本当にわたしの全てが好き? もしわたしがこの顔じゃなくてもあなたは好きになった?」
「(きっぱりと)ああ、おれはそうなったとも。」
「(彼女は黙り込む)」
「それは本当だってば。あっ、別におまえの顔へのおれの愛情が薄いわけじゃないよ。おまえの顔はスター並にかわいいいって評判だし、おれももちろんそれが大好きだよ。もう、おれはおまえがかわいくってかわいくってたまらないんだから…。」
「(彼女はなお黙る)」
「おれはおれが悪かったと思うよ。もう気にしないで。ね?」
 男は話題のほこ先を巧みに転じる。彼らはまた気楽なおしゃべりを続ける。


経過
 日曜日・美容整形外科の診察室。女が医者と向かい合っている。医者は彼の頭を掻き掻き困惑の表情を浮かべている。
「それは君、ちょっと…。医者の意見としては手術をおすすめできないな。」
「いいえ、いいんです。わたしに手術をして下さい。」
「なんだって君みたいにきれいな娘が整形する必要があるんだい? しかもわたしを醜くしてくれだなんて。なにか君には事情があるんじゃないか? 君は君の彼氏にフラれてヤケになってるとか。なんにしろ一時的な感情で自分の顔を傷つけてしまうのは良くないよ。」
「これは一時的感情じゃありません。これは永遠を誓うための変身です。」
「(医者は彼の首をかしげる)」
「先生、お願いします。わたしを手術して下さい。」
「もう一度私は君に訊くよ。一度君は整形したら二度と元の君の顔に戻らないかも知れないが、それでも君は本当に構わないのかい?」
「(彼女はうなずく)」
「手術はひと月先だ。それまでに君の考えが変わったら、遠慮なく君は私に言ってくれたまえ。」
「その必要はありません。もうわたしの覚悟はできてるんですから。」
 女は整形される。真の愛を得るため。彼氏への忠実な想いを証しするため。


結末 <タイプA>
 火曜日の昼下がり・駅前。たくさんの人が行き来する。止まっているのは待ち合わせをしている人々だけ。その中で、男がタバコを吸いながら恋人の来るのを待っている。
 待ち合わせ時間から二十分。一人の女が改札から早足に出て来る。
「ウイリアム。お待たせ! わたしとあなたが会うのは二週間ぶりだね。」
「(けげんそうに)失礼ですが、どなた様ですかあなたは。」
「わたしよわたし、まあ、あなたがそれをわからないのも無理はないけど。」
「(彼はその場を離れようとする)」
「(彼女は彼の腕を掴んで)待って、わたしだってば、アンナよ。」
「(彼は彼の目を見開いて)えっ、アンナ!? そういえば、その声。本当にあなたはアンナなのか?」
「そうよわたしよ。あなたは驚いた?」
「おれは驚いたっつうかなんつうか、なんだよおまえのその顔は?」
「わたしはわたしの顔を整形したの…。」
「せっ、整形! うそ!? なんで、また…」
「あなたのために。二ヶ月くらい前喫茶店であなたはわたしに言ったじゃない、わたしがもっとブスならよりよい、って。」
「…もう治らないの? おまえのその顔は。」
「うん。」
「(彼は長く沈黙)」
「(彼女は相手の言葉を待って沈黙)」
「(ボソッと)…別れよう。」
「えっ?」
「おれとおまえは別れようっておれは言ったんだよ。」
「(激しい調子で)どうして!? わたしはあなたのためにわたしの顔を整形したんだよ? あなたを心配させまいと…。あなたのあの言葉は嘘だったってわけ?」
「嘘もなにも、本気にするやつがどこにいるんだよ! おれはちょっとした褒め言葉としておまえにああ言ったんだ! おれはもう、本当の事をおまえに言ってやる! おれはおまえの顔が気に入ってたんだよっ。おれはおれの友達からはうらやましがられて鼻が高かったし、街を歩くのにも気分がよかったからな。」
「ひどい…」
「だけどもう、おれはおまえとは街を歩けねえ。なぜならおれは恥ずかしくてたまらないからな。もひとつおまけにおれがおまえに言わせてもらえば、おれはおまえの全てを愛してたわけじゃない。その性格! 頭の悪さ! おまえの中身はブサイクだったよ! おまえの取り柄はきれいな顔だけだったんだ!」
 男はそれだけ言い捨てると去って行った。女はその場に泣き伏せて悲鳴に近い声をあげ始めた。そんな彼女を見ても、人の流れが止まることは無かった。


結末 <タイプB>
 火曜日の昼下がり・駅前。たくさんの人が行き来する。止まっているのは待ち合わせをしている人々だけ。その中で、男がタバコを吸いながら恋人の来るのを待っている。
 待ち合わせ時間から二十分。一人の女が改札から早足に出て来る。
「ウイリアム。お待たせ! わたしとあなたが会うのは二週間ぶりだね。」
「(けげんそうに)失礼ですが、どなた様ですかあなたは。」
「わたしよわたし、まあ、あなたがそれをわからないのも無理はないけど。」
「(彼はその場を離れようとする)」
「(彼女は彼の腕を掴んで)待って、わたしだってば、アンナよ。」
「(彼は彼の目を見開いて)えっ、アンナ!? そういえば、その声。本当にあなたはアンナなのか?」
「そうよわたしよ。あなたは驚いた?」
「おれは驚いたっつうかなんつうか、なんだよおまえのその顔は?」
「わたしはわたしの顔を整形したの…。」
「せっ、整形! うそ!? なんで、また…」
「あなたのために。二ヶ月くらい前喫茶店であなたはわたしに言ったじゃない、わたしがもっとブスならよりよい、って。」
「…もう治らないの? その顔は。」
「うん。」
「そうか、おれのためにおまえは…。なんておまえはばかな奴だ。(彼は彼女を抱き締める)」
「(彼女は驚く)」
「おれはおまえを愛してる、おまえを愛してる、愛してる! 今まで以上におれはおまえを大好きだ。ああ、ああ、おれのアンナ、おれだけのアンナ。おれは、もう、絶対、おまえから離れないよ。」
「(彼の腕の中の彼女は涙をこぼす)わたしもあなたを愛してる。」
「おれは永遠におまえへの愛を誓う。おれにはおまえしかいない。(彼は彼の唇を彼女の唇に重ねる)」
 通行人たちは一様に微笑みを浮かべながらこの光景を見守った。 そして誰からともなくまばらな拍手が彼らに送られた。
 男は彼女の肩に彼の手を回し、女はうつむいた。彼らは二人とも赤い笑顔をしていた。


翻訳者の独り言
 僕は執筆が得意なつもりだ。大好きなあのこも僕の文章を褒めてくれる。しかし、外国語が嫌いだから翻訳は苦手だ。
 彼女は僕の翻訳がまずいからといって、僕を嫌いになるだろうか。それとも、ますます愛してくれるだろうか。
 僕は祈る。彼女が「あなたの書く純粋な日本語だけが好きだった」と言わず、「苦手分野にもチャレンジするあなたが好き」と言うことを。もしくは、「何でも器用にこなせる所が良かったのに」と言わず、「外国語を徹底的に嫌うあなたが嫌いじゃない」と言ってくれることを…。