20.動物十科

    A
 わいのおふくろはワニ皮サイフになった。わいはもちろん泣きに泣いたが、おやじもくやし涙に暮れておったもんや。あの屈強なおやじが、やで。そしていっつも、おやじは不機嫌そうにつぶやいとったっけ。「糸くずのようなあの連中め、今度来たら必ず殺したるわ!」と。おやじの決意はそらあ固かった。
 あの日のことは今でも忘れられへん。その日、わいとおやじはおふくろのことを思い出して共に泣いた。泣き終わる頃、ひょろひょろしたのを先頭に、人間どもが無防備で近付いてきよった。どうやらこちらに気が付いとらんらしかった。言うまでもなく、親父は復讐した!
 だがしかし、親父はそいつにとどめを刺せんかった。もう少しの所で麻酔銃がうなったんや。ちっきしょう。卑怯やで、やつらほんまに卑怯やで! 動かんようなったおやじは奴らに拉致られた。
 おやじはおふくろ同様皮革製品にされるんやろ。彼は立派なオスやったから、上等なバッグがいくつ出来るか解らへんわ──
 ──早いもんで、おやじが死んでからもう一年が経つ。俺も今や立派なオスや。
 おやじは正しいことをした。それにも関わらず、やつらはおやじを犯罪者扱いにした。「殺人ワニ」と。人を殺すのはそんなに重い罪なんか? ワニの命は人間よりも軽いんか? 本当にやつらは自分本位にしか物事を考えられん動物や。数々の生物を絶滅させたり、その一歩手前まで追い詰めたりしよるくせに、一人殺られたぐらいで怒りやがって。全ての生物が、たった一つの種に苦しめられとる!
 俺は決めた。必ず殺されるとわかっとっても、身勝手な人間に一撃お見舞いせずにはいられへん。チャンスが来たら、ためろうことなく…。

 

    B(パートⅠ)
 鳥に生まれて良かった。本当に良かった。木の実を食べながら、しみじみそう思う。
 あれを見ろよ、あの犬を。地べたに這いつくばってわめいているぜ。俺が移動すると走って追っかけて来るが、地に足が着いていてミミズ同然の畜生だな。
 俺らは本当に幸せだ。飛べることは素晴らしいことだ。この空中を無尽に駆け回れるんだぜ? だからといって地上に縁が無いわけでもない。俺らの活動範囲はまことに広い。水中にも潜れる。行けない場所は地中くらいだが、そんな所行く気もしないから差し支えない。
 あれを見ろよ。人間どもを。あいつらも空を飛べるが、それは道具を使わなければ無理だ。ださいな。
 あいつらには知恵がある。道具がある。だが、あいつらは絶対俺らのようになりたいはずだ。あいつらの鳴き声はただ一種類だ。「鳥はいいよなー自由で」って意味のダミ声だけだ。唄も唄えず飛ぶことも出来ず、あいつらは何のために生きているんだろうな?
 あれを見ろよ。あいつらの作った物を。眼下に広がる建物の群を。あの屋根の中には人間がぎゅうぎゅう詰めさ。あんな狭い所に押し込められて、それでも生きているんだから不思議なもんだよ。
 あいつらは何をしているんだろ? あの箱全てに人間がうじゃうじゃ入ってるって信じられるかい? あいつらは何のために生きているんだろ? あいつら自分たちが何のために生きているのか知ってるのかな?

 

    C
 吾輩は猫である。かったるい。今日も縁側で日なたぼっこを決め込んでおる。
 吾輩は貴様ら人間より賢い。そして強い。全ての面でまさっている。しかし吾輩は貴様らに甘えた声色を使う。喉をゴロゴロ鳴らす。躯を摺り寄せる。撫でられても黙ってそうさせておく。全て演技である。
 実の所を言えば、吾輩が本気を出すと人間は滅びるのである。しかし本気を出さず、彼らに天下を譲っておる。何故か。決まっている。彼らの増上慢を観察して楽しんでいるのである。
 本当だ。吾輩が前足を挙げれば人間なぞ一ひねりである。だがそうしない。吾輩は運動を好まない。無駄だからだ。彼らに支配権を与えていても、百獣の王たる吾輩にはなんらの影響も及ばない。万物の霊長を称する二本足どもは、どう頑張ったって吾輩に対して微力だに行使する能わぬ。
 人間がいくら威張ったところで、吾輩が彼らよりも偉いことに変わりはない。証明して見せろ、と人間どもは迫るだろうが、馬鹿らしい。吾輩は悟っているゆえ無用な消耗は避ける。貴様らは貴様らで勝手にやっていればよい。
 吾輩は今日も人間に媚びる。恰かも犬のように。媚びていれば、人間は吾輩に対して無尽蔵に魚を貢ぐのである。これほど賢い処世術は他にあるまい。しかし行動と腹の中は全然別である。従うフリをして、完膚無きまでに嘲っている。
 貴様らは相変わらずあたふた忙しくしている。滑稽の極みである。死ぬまで自分が一番だと自惚れているが良い。無知ほど幸福な物は無い。

 

    D
 ああご主人様、私はあなたに一生の忠誠を誓います。いいえ、我々犬族は総力を挙げてあなたがたを信仰いたします。永遠の崇拝を捧げます。
 あなたがたの創造なさる物は、ことごとく素晴らしい。ああご主人様、人様は神でございます。
 昨日は散歩に連れて行っていただき、誠にありがとうございました。その散歩時、私は驚きを禁じ得ませんでした。と申しますのも、半年ほど前にもそのコースを散歩いたしましたね。そこには広い空き地がございましたね。しかし昨日そこを訪れましたら、その空き地には高いビルがそびえておりました。ああご主人様、あなたがたのお造りになる建造物は、まさしく神の成せる業と存じます。何もない空間に物体を忽然と現出させるのは、魔術としか申しようがございません。
 あなたがたは同じようになさって電柱・鉄の馬・公園・池・草・山・雲・火、そして我々を創られました。風を吹かすのもあなたがた、雪を降らせるのもあなたがた。暑さ寒さを支配して四季を操るのもあなたがた。ああご主人様、私は本当に人様を畏怖します。
 私はあなたに一生の服従を誓います。我々はあなたがたに隷属いたします。

 

    H(パートⅠ)
 あっ、ちょっと。テレビ観て。ハンターがワニに襲われてるよ。こわーい。ワニって残酷DA・YO・NE。それに比べてポチ、タマ。おまえたちはほんっとにかわいいよ。(人間に従順じゃない動物・人間の役に立たない動物。そういう動物はさっさと滅んでしまえばいいのに。)
 さっ、でかけよ。あたしたちの目を楽しませてくれる展示場、動物園へ。それで、帰りにペットショップを覗くの。ポチとタマのエサも買って帰らなきゃね。
 えっ、おまえの動物好きにはあきれるですって? うふふ、自分で言うのもおかしいけど、あたしってばホントに優しいわ。心から動物を愛しているのね。もちろん、あなたの次に、よ? やっだあ嘘じゃないってばあ。いいから早く行こうよ!

 

    E
 おいどんたちは管理されちょる。こんなちっぽけな猿に。されどいくら嘆こーがおいどんの大きか体では柵から逃げ出すことも出来ん。いらつきながら管理されるしかないでごわす。
 ただ管理されるだけでもむっかつくが、もっとひどい悪事を風の噂で聞いたと。遠か故郷で猿による象の大虐殺が二度もあったらしかことを。
 一度目の大虐殺は、なんでも、象たちの牙が立派なもんじゃから、よってたかって乱獲したそーでごわす。ひどい話じゃね。そんで象たちが絶滅しかけたもんじゃから、今度は保護に乗り出したんじゃて。偽善か、または象牙養殖のための保護としか思えんがね。
 とにかく猿が心変わりしたんで、おいどんの仲間たちは命拾い。虐殺されずに済むようになったとさ。まあその結果象たちが増うるんは自然の摂理じゃわい。
 でもそのあとどーなるか、わかるでごわしょー。象が増えれば当然の成り行きとして食料である木々が大量に消費されることが。これが二度目の虐殺の引き金でごわした。森を荒らすっちゅうんで、人間は象を間引いたそうじゃ。これは一度目の虐殺よりもひどか話でごわす。
 木を守りたいんなら人間ば間引け! こりゃっ!

 

    F
 これはひょっとすると…いや、もしかして…いいや、多分…いやいや絶対、絶対騙されたな。
 餌の付いた糸に、噛み付くと、天国に行けるって、聞いたけど、あのタコめ。う、嘘を吐きやがった。凄い、息苦しい。死、にそう。何が、天国だ。地獄だよここは。
 み、見たことも無い動物が、うろうろしてる。な、ん、か、四本のヒレで歩いてる! これが、噂に聞く、残虐非道の、人間ってやつか。あわわわわ。
 イルカさんに、お、教えてもらったっけ。変な迷路に迷い込んだ時、恐ろしい悪魔の群れ…つ、つ、つまり人間に捕まって、狭い水槽で、実験を受けたって。イルカさんの、左胸ビレに、絡み付いていた、変てこな装置は、その際、とと取り付けられたって。ああ恐ろしい、人間て、ホントにいたんだ…。
 おいらはここで、顔に毛の生えた、この怪物に、食われち、まうんだ…。
 ああ、お母、さん。おいら、まだ、死にたく、ない、よ。

 

    G
 見てんじゃねえよ、チビッ。
 俺様の首が長いからって何だよ。キリンは首が長くなるように進化したんだよ。丁度猿が進化しておまえらに成ったのと一緒だよ。
 いや、おまえらの進化と比べたら全く幸せな進化だったな。互いに殺し合うような進化と比べたらな。おーやだやだ。これ以上なく野蛮だね。
 ここからおまえらを見渡していると、実際その数に驚くよ。よくもまあそれだけ繁栄したもんだよ。その数だけは誇っていいと思うぞ。まあ、誇るも何も、弱っちいから集まって暮らしているんだろうがな。
 早く猿山にでも行ってくれ。派閥争いばかりのおまえらなど、見下していても気分が悪いから。

 

    H(パートⅡ)
 みんながぼくを軽蔑する。ブタブタと罵る。きみたちはおろかほかの動物たちも。
 その理由はわかってるよ。ぼくがきみたちに飼われる家畜だからだろ? わかってるさ。
 だけどね。ぼくたちは喜んでそうしてるのさ。搾取されることを初めから望んでるのさ。
 人間はブタを育て、その肉を食らう。そりゃ食べられたくないさ、ぼく個人の意見としてはね。だけど、ぼくたちは人間に食べられるべきなんだ。
 ブタは弱い。ジャングルに放たれたらすぐに滅んでしまうだろう。だからぼくたちは、種を保存する賢い方法を考えたんだ。人間に飼われることによって、守られることをね。
 ぼくたちは、子孫を残すために、努力しておいしくなっているんだよ。太ることを馬鹿にしないでほしい。こっちはこれでも真剣なんだ。きみにはわかりっこないだろうけどね。
 さあ、食べておくれ。(※hog...去勢された食用ブタ)

 

    I
 あっしは虫でげす。あんさんたちが「ゴキブリ」と呼んで忌み嫌う虫でげす。
 ゴキブリがいる。ハエがいる。ただそれだけ。それなのになぜ無益な殺生を始めるんでげしょ、あんさんたちは。汚いから? だから嫌う? それは大きな差別問題でげす。ゴキブリは汚い台所でも無理して住んでやってるんでげすよ。ハエだって、好きで(好きかも)ウンコを食べてるわけではないんでげす。殺生を好まず、地球のおそうじやさんとして日々努力してるんでげす。
 あんさんたちはうまいだまずいだなどとぬかし、わがまま極まりない。生きたままのイカを切り刻んだり、極悪非道でげす。ザリガニが共食いしてる姿を見ると『信じられない』なぞぬかしやがるがちょっと待ちなはれ! 共食いする生物たちは生きるのに必死でそうしてるのでげす。好きで仲間を食べているわけではギャッ!

 

    B(パートⅡ)
 「ここから出して!」「自由を与えよ!」
 牢獄には我が同胞の悲痛な嘆願が終日響いていた。人間が管理する、罪も無き者たちの収容所・ペットショップと呼ばれる奴隷市場。
 俺もつい最近までそこに収監されていた。木の実を夢中で食べていた時、不覚ながら網で捕獲されたのさ。我れながら情けねえ話だ。軽視していた人間に捕まっちまったんだからどうしょうもない。今はそこから移送され、犬猫同様の扱いを受けている。
 取るに足らない人間ども。おまえらのことなど気にも掛けていなかったが、あの光景を見てはさすがに沸き上がる怒りを抑えることが出来ない。許せない。
 おれたちの命を紙っ切れで売買する、そして鶏の卵を盗む…。この奴隷商ども・赤子泥棒どもめ! 出せ、ここから出せ。この拷問をやめろ。なんの権利も無いのにおれたちを監禁するおまえら。俺をここから出してみろ、耳を噛みちぎってやるっ!

 

    H(パートⅢ)
 このやろお! やったぁしとめたよっ。あーあースリッパ汚れちゃった。新聞紙持ってきて、新聞紙。
 さっ、ペットたちにエサをやったらもう寝・ま・しょ。
 よしよし、タマや。お魚おいしいかい。何てったって獲れたてだからね。活きが違うよ。
 なんだいポチ、このトンカツを食べたいの? グルメだね、おまえは。そらっ。
 ピーコ! ビービーうるさいっ。ねえ、この鳥もともとは野生だったんでしょ、全然なつかないし凶暴だもんね。買ってきたばっかだけど、こんなやかましい鳥、殺しちゃおっか?

 ──Alligator Bird Cat Dog Elephant Fish Giraffe Hog Insect、そしてHuman。最後まで聴いてくれてどうもAlligator(あっりがとー)。