2.二人称小説

  序章
 あなたは本を読んでいます。題名は「二人称小説」。そう、この小説です。なんとこの小説は読者のあなたが主人公なんです。おめでとう、やったね!
 人が祝ってやってんのに無言かよ、いい度胸してんなあ。おい、ちゃんと喜びやがれ。声に出してありがとうを言いやがれ! おまえが今どこに居るのか知らねえが、人目も憚らず大声を出せ! さあ、言え! ありがとうって75デシベル位で叫べ!
 私はなぜ、大切な読者の方に対してこんな生意気な口を聞けるのでしょうか。それは、私が作者だからです。すなわち、この小説世界の神だからです。私がその気になって「あなたは死んだ」と書けば、いつでも小説を終わらせられるのですよ。すごいでしょ?
 だ。け。ど。私だって好き好んで手荒なマネはしたくありません。だから大人しく従いなさい(ムカッと来ました? 来たなら私の思う壷です)。もしも逆らいたいんなら、今すぐ本を閉じて下さい。そうすればその時点で主人公は死亡、あなた以外の読者が主人公を演じ続けます。お疲れ様でした。(読者がすっかり居なくなった最悪の場合は、僭越ながら作者自身が読者になります)
 おや? 読み進めているという事はこの世界に残るんですね。殊勝な心掛けです。しかし忘れないで下さい。あなたが飽きて読むのをやめたら、即刻「主人公は死んだ」にしますよ。これは脅迫ですよ。主人公を生かしたままこの小説世界を抜け出したいんなら、眠たくても読み続ける事が肝要です。ただし、読んでる途中で急に尿意を催した場合は、無理せずトイレへ行って下さいね。その間は本を置いても「主人公は死んだ」って事にはしませんから。おなかがペコペコになった場合も我慢せずに食事して下さい。「主人公は死んだ」にならなくても、現実世界で本人が餓死したらしょうがないですからね。また、暇じゃない人は最後まで読み飛ばしても構いませんよ。そうすれば解放されますから。私は慈悲深い神なのです。
 あっ、危ない、矢が飛んできた! あなたは死んだ。なんちゃって。ビックリしました? 私はお茶目な神でもあるのです。まあ、本筋にも入ってないのにいきなり主人公を殺したりはしませんよ。うふふ。
 ところで、さっき「ありがとう」って言えましたか? 言わなかった人が大半かと思います。まあ、言わなくてもいいです。どうせ私には聞こえませんから。
 寝言はこの辺にしといて、そろそろ始めましょうか。
 物語は何がいいかなあ。冒険活劇がいいかな。うん、おもしろそう、そうしよう。あなたにはとことん活躍して頂きますよ。



   第1章 あなたは目覚める
 あなたは目覚めた。そして一冊の本を手に取り、読み始めた。で、ここまで読み進めた。ご苦労様。

 この章はこれで終わりです。読むのが楽で良かったですね。書くのも楽でした。
 ここからは「あなた」を「君」と書く事にします。この方がなんかフレンドリーでしょ? 本当は敬語がダルくなっただけですけど。



   第2章 君は出掛ける
 君は出掛けた(すぐさま外に出よ)。そうして、帰ってきた(帰れ。家に着くまでは本を閉じて置け)。だから、今は自宅に居る。ご苦労様。

 この章もこれで終わりです。手抜き疑惑発生です。てへ。
 さて、ここからは「君」を「おまえ」と書く事にします。この方がなんだか十年来の親友みたいでしょ? 
 息抜きをしましょう。私が「おまえはアホだ」と書きますから、おまえは「あなたは神様です」と言って下さい。行きますよ。
 おまえはアホだ。(あなたは神様です)
 よし、私が偉そうに見えますね。お疲れ様でした。



   第3章 おまえは体育座りをする
 おまえは膝を抱えて座り込んだ。座りながらクソ小説を読んでいる。今のおまえは世界中の誰よりも無駄な人生を過ごしている事だろう。おまえはなんだかとっても切なくなった。ご苦労様。

 この章もこれで終わりです。って書くと思ったか? バカめ、この章はまだまだ続くんだよ!
 と思ったけどやっぱやめます。
 ちなみにここから「おまえ」は「てめえ」だ。なんだか親しげで、それでいて仲が悪そうだろ?



   最終章 うんこは死ぬ
 うんこは死んだ。

 ありゃ、順番間違えた! いけね、こっちが先だわ。



   第4章 てめえは今のを見なかった事にする
 てめえはうっかり作者のどっきりミスで自分の結末を見ちゃった。が、それは見なかった事にし、最終章は自分の記憶から排除した。その結果、自分の人称が「てめえ」から「うんこ」に変わるという悪夢も忘れる事が出来た。

 ふーあぶないあぶない、焦っちゃったよ。でも、こう書いとけば大丈夫。読者はすっかり忘れた筈さ。
 ちょっとテストしてみましょうか。私が「最終章で、てめえはどうなるの?」と質問しますから、「ほえ? ちゃいちゅうちょうってなんでちゅきゃ?」って絶叫調で答えるんです、いいですね。てめえは今家に居る筈ですから、人目を気にする事もありますまい。人が居たとしても家族や友人でしょ、恥ずかしがらないで。親しい人に素の自分をさらしていく絶交もとい絶好の機会ですよ、むしろこういう機会を感謝しなさい。じゃあ、行きますよ。いちいち書くのが面倒だから台本は前のを参照して下さいね。さん、はい。
「(質問)」
「(てめえの叫び声)」
「(教育テレビ風)あれー? ちょっと小さいみたいだよ? じゃあ、もう一回。今度は元気良くね。」
「(質問)」
「(てめえの叫び声)」
「うん、今度はダイジョブだ!」
 よし、最終章の記憶は完全に無くなったようですね。安心しました。



   第5章 誓いのキッス
 てめえはこの章のロマンチックな題名に陶酔した。で、投水(投身入水)した。(いかん、これでは終わってしまう。書き直しだわ)
 てめえはこの章の口マン☆ックな題名までよくも読み進めたもんだ。で、疲れ切った。戦士には休息が必要だ。そこで、眠りに就いた。
 それは案外難しい行動だった。第一、今これを読んでるんだから不可能だった。てめえは怒った。そして、そんな無理な要求をする神様
に向かって叫んだ。
「出来るかバカヤロウ!」
 なんだと! もういっぺん言ってみやがれ!
「出来るかバカヤロウ!」
 よく出来ました。
 てめえは誉められても別に嬉しさを感じなかった。指示を無視して声を出さなかったせいもあるが、段々と神の理不尽に飽き始めていたからだ。
 てめえはいよいよ頭に来た。この本を伏せ、「今度の誕生日まで絶対読まないぞ」と心に決めた。



   第6章 てめえの誕生日
(どうせ続けて読んでるんだと思いますが)
 誕生日おめでとう! 10歳になったんだよね?(てめえが10歳じゃない場合、小説中止。残念。来年また挑戦してね)10歳かあ、もう大人だね。それじゃ、ベッドに行こうか。
 てめえは本を閉じ、眠りに就いた。で、1章からやり直した。
(あらら。10歳、無限ループに陥っちゃったよ。どうしよう、小説が終わらないワ。仕方ねえ、10歳じゃなかった読者を復活させよう。)
 おーいてめえ、また読んでいいよ。どうせ読んでたんでしょうがね。

 色々あったが、てめえは財宝を手に入れ、街の平和も守った。おわり。
 (作者の都合により最終章は割愛させて頂きます)



   後書き
 よくここまで我慢して読みました。
 あなたは英雄だ。それはもう、すごい活躍でした。あんまりすごいんで、詳しく書く気が起きなかった位です。期待以上の大根役者でしたよ。
 で、頑張ってくれたのに悪い事言うけどよ、こんな下らない小説読んでる暇があったら何かしたらどうだ? お風呂で魚釣りしたり、鼻毛の長さを測ったりな、そっちの方がよっぽど有意義だぜ。人生の大切な時間を粗末にして、てめえ何様の積もりだ! しかも最後まで読み切りやがって。てめえってやつは、ホントにありがとう。
 おしまい。

 これでお別れは寂しい、煮え切らないって? じゃあ、「あなたは死んだ」。これで満足ですか? もう読まないで下さい。死んだんだから。って、まだ読んでるよ。しつこいですね。あなたはこの小説世界から現実世界に戻り、本を閉じた。これでいいでしょう。もう読んでないはず。ってそれでも読んでるよ。あーもう解りました、私の負けです。私が居なくなればいいんでしょ?
 消える前に一つだけいい事言わさせてもらいます。
「どんな小説も、あなたの人生には勝らない。」
 私にはあなたの人生に匹敵する小説は書けませんでした。さよなら。